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社会がみえる映画レビュー#13

ロバ映画ラッシュの真打ち『EO イーオー』良い意味で困惑する不思議な魅力

ロバ映画ラッシュの真打ち『EO イーオー』良い意味で困惑する不思議な魅力の画像1
C) 2022 Skopia Film, Alien Films, Warmia-Masuria Film Fund/Centre for Education and Cultural Initiatives in Olsztyn, Podkarpackie Regional Film Fund, Strefa Kultury Wrocław, Polwell, Moderator Inwestycje, Veilo ALL RIGHTS RESERVED

 なぜか「ロバ映画」ラッシュが起きている。何しろ、第95回アカデミー賞に7部門8ノミネートされた『イニシェリン島の精霊』ではロバが重要な役回りとなっており、そのため授賞式にロバが登壇した。さらに、アカデミー賞3部門ノミネートの『逆転のトライアングル』でも、長編ドキュメンタリー映画賞を受賞した『ナワリヌイ』にも劇中にロバが出てきたのだ。

 そして、2023年5月5日より公開されている、ポーランド・イタリア合作の映画『EO イーオー』は、ロバを主役に迎えているのでロバ映画の「真打」と言ってもいいだろう。しかもアカデミー賞国際長編映画賞のノミネート作であり、やはりアカデミー賞でロバ映画が一挙に揃うシンクロニシティが起きていたのである。さらに、筆者は未見だが2023年2月より日本でも公開された中国映画『小さき麦の花』にもロバが登場していたらしい。

 その『EO イーオー』の本編は「えっ!?」「今のどういうこと?」などと良い意味で困惑できる、咀嚼が難しくあるがゆえの不思議な魅力を持つ作品だった。具体的な特徴を紹介しよう。

『A.I.』や『2001年宇宙の旅』を連想する理由

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C) 2022 Skopia Film, Alien Films, Warmia-Masuria Film Fund/Centre for Education and Cultural Initiatives in Olsztyn, Podkarpackie Regional Film Fund, Strefa Kultury Wrocław, Polwell, Moderator Inwestycje, Veilo ALL RIGHTS RESERVED

 本作のあらすじは、サーカス団で生活していたロバのイーオーが、動物虐待とされて連れ去られてしまい、さらに放浪の旅に出るというもの。サーカス団からいろいろな場所へ赴き様々な体験をする流れは童話「ピノキオ」、その「ピノキオ」をモチーフにした2001年の映画『A.I.』をも連想させた。

 シンプルに「ロバのロードムービー」と言うことができるし、出会う悪人や善人へ「こういう人は現実にもいるなあ」と思わせる短い寓話の連なりでもある。しかし、それぞれのエピソードは断片的にしか語られていない。情報がかなり制限されていたり、はたまた最後まで語られず途中で「切り上げた」ような印象を持ったりするため、「今の物語の意味ってなんなんだろう?」と困惑するのだ。

 その断片的な語り口は、純粋さを失わないまま人々を次々に見つめていくロバのイーオーの“視点”を表しているとも言えるだろう。説明がほぼないがゆえの難解さや、浮遊するようなカメラワークで捉えた幻想的な光景など、作風はかなり1968年の『2001年宇宙の旅』に近いところがある。

わかりにくいからこそ、映画館で観てほしい

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C) 2022 Skopia Film, Alien Films, Warmia-Masuria Film Fund/Centre for Education and Cultural Initiatives in Olsztyn, Podkarpackie Regional Film Fund, Strefa Kultury Wrocław, Polwell, Moderator Inwestycje, Veilo ALL RIGHTS RESERVED

 特に多くの人がびっくりするであろうことは、イーオーがひどい暴力を振るわれた後に、その姿が「ガラリと変わる」様。もちろん、暴力的な痛みから逃れるための比喩的な表現ではあるのだが、「こう描くのか!」と発想そのものに驚けるのだ。

 さらに、トラックの運転手が女性に不遜なことを聞くエピソードの顛末も、「そうくるとは思わなかった!」と予想の斜め上の事態にギョッとできる。その良い意味での「やりすぎ」な言動から現代らしいフェミニズムのメッセージを受け取れるかもしれないし、別のエピソードからも人間の愚かさや「業」を再確認できるかもしれない。

 そんなわけで、解釈が人によって分かれる、誰もが飲み込みやすい娯楽作とは真逆のアート系の作品であり、『エッセンシャル・キリング』や『イレブン・ミニッツ』などで知られるイエジー・スコリモフスキ監督作を観たことがないという方は特に戸惑うだろう。

 ただ、そのわかりにくさも含め、映画の中の世界に「浸る」ことができる劇場で観ると、なんだか心地良くもなってくるので不思議なものだ。撮影がとにかく美しいということもあるので、スクリーンで堪能する機会を逃さないでほしいと心から願う。

 なお、スコリモフスキ監督は「これまで撮ったどの作品よりも感情に基づいた物語を撮りたかった」とも語っている、わかりやすく語られる論理や理屈ではない、人間が放つ感情に注目して観るのもいいかもしれない。スコリモフスキ監督が「私が唯一、涙を流した映画」と語る、1966年のフランス・スウェーデン合作映画『バルタザールどこへ行く』 にインスパイアされているとのことなので、そちらを観てみるのも良いだろう。

ロバがとにかくかわいい(重要)

 この映画では全部で6頭のロバを起用したそうだが、そのロバと人間の俳優の違いを語るイエジー・スコリモフスキ監督の言葉が面白い。丸ごと引用しておこう。

 「監督というものは、知的な議論を投げかけ、感情的な言葉を使って、俳優が望ましい効果を発揮するように仕向けます。この作品のロバの場合、何かをするように説得する唯一の方法は優しさを示すことでした。つまり彼の耳に言葉をささやき友好的に愛撫することです。声を張り上げて焦りや緊張感を示していたら、あっという間に失敗していたでしょう」

 「人間の俳優との主な違いは、ロバは演技が何であるかを知らないということです。彼らは何かのフリをすることができず、純粋に彼ら自身であり続けます。優しく思いやりがあり、相手に敬意を払い、礼儀正しく忠実であり、今この瞬間を最大限に生きています。そして決してナルシシズムを見せません。自分の役柄に想定された意図に従って仕事をし、監督のビジョンに口をはさみません。彼らは優れた俳優なのです」

 人間の俳優とは演出方法は異なるものの、優しさをもって接していたら、彼らの優しさや敬意、優れた俳優でもあることがわかった、というのはなるほど動物を扱った映画における監督のアプローチとしてひとつの正解だと思えた。

 何より、劇中のロバはものすごくかわいい。監督が実際に撮影で、そのかわいいロバに慈しむように接したことが嬉しく思えたし、ロバがかわいいからこそ残酷でもあるエピソードがギャップとして際立つという構造があるので、ロバのかわいらしさはこの映画でもっとも重要と言っても過言ではないだろう。ぜひ、美しい撮影はもちろん、かわいいロバの姿もまたスクリーンで堪能してほしい。

『EO イーオー』
監督:イエジー・スコリモフスキ
脚本・製作:エヴァ・ピアスコフスカ、イエジー・スコリモフスキ
出演:サンドラ・ジマルスカ、ロレンツォ・ズルゾロ、イザベル・ユペール
2022/ポーランド、イタリア/カラー/ポーランド語、イタリア語、英語、フランス語/88分 映倫:G 後援:ポーランド広報文化センター 配給:ファインフィルムズ
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ヒナタカ(映画ライター)

「ねとらぼ」「cinemas PLUS」「女子SPA!」「All About」などで執筆中の雑食系映画ライター。オールタイムベスト映画は『アイの歌声を聴かせて』。

Twitter:@HinatakaJeF

ひなたか

最終更新:2023/05/12 16:29
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