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日刊サイゾー トップ > 連載・コラム  > チェコの大量殺人者の実像を追う犯罪映画
深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】Vol.735

愛を求めたチェコ最後の女性死刑囚 実録犯罪映画『私、オルガ・ヘプナロヴァー』

殺人犯はロボットではなく、生身の人間だった

愛を求めたチェコ最後の女性死刑囚 実録犯罪映画『私、オルガ・ヘプナロヴァー』の画像5
歯科医だった母親とは、最後まで理解し合えない

 孤独な犯罪者オルガ・ヘプナロヴァーを、全身全霊で演じた主演女優ミハリナ・オルシャニスカについても両監督は語ってくれた。

トマーシュ「事件を起こしたオルガは、裁判が始まると『死んだ人のことを残念に思う』など自身の感情を語るようになったんです。でも、それまでのオルガは淡々として、感情を露わにすることはなかった。オルガを演じることは、とても難しかったはずです。ミハリナには『君がやることはすべて正しい。そのつもりで演じてほしい』と頼みました。ミハリナはそれだけの演出で、迷うことなくオルガになって見せたんです」

ペトル「オルガはまるでロボットのように無表情で行動するけれど、先ほど述べたように、彼女の内面はとても豊かでした。ミハリナもその点は留意して演じてくれました。オルガが恋人のイトカの家を訪ねた際に、知らない女性とその子どもがいるのに驚き、傷つきます。その場面のミハリナの演技は秀逸でした。目だけの演技で、オルガはロボットではなく、生身の女性であることを表現してみせたんです。素晴らしい女優だと実感しました」

日本でも相次ぐ無差別大量殺人

愛を求めたチェコ最後の女性死刑囚 実録犯罪映画『私、オルガ・ヘプナロヴァー』の画像6
演出中のトマーシュ監督(中央)とペトル監督(右)

 現行犯逮捕され、裁判が始まることで、ようやくオルガはその存在を世間から認められることになる。あまりにも悲しく、歪んだ承認欲求だった。裁判の中でオルガは「プリューゲルクナーベ」という聞き慣れない言葉を口にする。この言葉にはどんな意味があるのだろうか?

トマーシュ「ドイツ語で“いじめられっ子”という意味の言葉ですが、オルガがいつどのようにしてこの言葉を知ったのかは分かりません。この言葉の語源を調べたところ、ヨーロッパの貴族制度では王室の王子など身分の高い者が罪を犯した場合に、身代わりを裁判所に引き渡す制度があり、それが本来のプリューゲルクナーベということなんです。『私はみんなの身代わりとして罰を受けます』といった意味合いで、オルガは使ったようです」

 自由を失ったチェコで、社会全体の生贄にオルガは選ばれてしまった。少なくとも彼女自身はそのように感じていたようだ。

 事件から2年後、オルガは絞首刑となった。彼女自身が望んだ結果だった。オルガが起こした犯行は、一種の「拡大自殺」だったと言えそうだ。

ペトル「オルガの犯行は、特定の人物への復讐ではなく、社会に対する攻撃でした。この世界を終わらせたい。彼女はそんな恐ろしい考えに取り憑かれてしまったんです」

トマーシュ「オルガは少女時代にも自殺未遂をしているし、自分が死刑になることを望んで犯行に走ったわけだから、彼女の行為は『拡大自殺』と呼べるでしょうね。日本では秋葉原事件が起き、世界各地でも似たような事件が起きています。この映画が日本でも公開され、こうした問題について考え、話し合えることはとても意味のあることだと感じています」

 両監督は「日本で起きた秋葉原事件は、もう映画化された?」と興味深そうに尋ねてきた。2008年に7人の死者を出した「秋葉原通り魔事件」は、派遣社員のシビアな労働事情を描いた大森立嗣監督による『ぼっちゃん』(12)、被害者遺族側の視点から描いた廣木隆一監督の『RIVER』(12)などが制作されているが、まだ決定版といえる作品は生まれていない。

 神奈川県で起きた相模原障がい者施設殺傷事件(2016年)、京都アニメーション放火殺人事件(2019年)、大阪・北新地ビル放火殺人事件(2021年)などの凶悪犯罪が相次ぐ日本では、一連の無差別大量殺人を客観視することができない状況が続いている。自由を奪われたチェコと同じような重い空気が、今の日本を覆っているかのようだ。

『私、オルガ・ヘプナロヴァー』
原作/ロマン・ツィーレク 監督/トマーシュ・ヴァインレプ、ペトル・カズダ
出演/ミハリナ・オルシャニスカ、マリカ・ソポスカー、クラーラ・メリーシコヴァー、マルチン・ペフラート、マルタ・マズレク
配給/クレプスキュール フィルム 4月29日(土)より渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
olga.crepuscule-films.com

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最終更新:2023/04/27 19:00
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