洋上風力発電がクジラを殺す?専門家否定も止まらない保守派の「再生エネ潰し」
#米国
「アースデー(地球の日)」の4月22日、米ニュージャージー州アトランティックシティーに、あるメッセージが浮かび上がった。
「SAVE WHALES STOP WINDMILLS (クジラを守れ 風車を止めろ)」――。町の上空をプロペラ機がメッセージを引っ張りながら何度も飛行した。幹線道路には海岸に打ち上げられたクジラの死骸の巨大な写真とともに意見広告として現れた。
アトランティックシティーは、米国最大の都市であるニューヨークから車で2時間ほどのカジノとマリンリゾートの町だ。この日は天気も良く、本格的な春を待ちわびた多くのニューヨーカーがアトランティックシティーで週末のひと時を過ごし、メッセージを目にした。
単純に地球環境保護を呼びかけるメッセージのようにも見えた。しかし、実態は政治的だった。メッセージを掲げたのは保守系の環境保護団体で、グリーンエネルギーのひとつである洋上風力発電施設の建設を止めることが目的だった。
保守派がこうした動きを見せたきっかけは、米東海岸に相次いで死んだクジラが打ち上げられたからだ。米海洋大気局(NOAA)によると、2022年12月以降の3カ月で23頭の死んだクジラが漂着した。このうち12頭はニュージャージー州とニューヨーク州の海岸で見つかった。死んだイルカの漂着も、ほぼ同じ時期で、ニュージャージー州では22頭、ニューヨーク州では7頭となっている。
クジラの漂着は年間ベースで増加している訳ではないが、昨年12月以降、短期間に集中的に発見されたため、地元メディアもこぞって報道した。このペースが続けば過去最高を記録する可能性があるとして、地域住民に衝撃を与えた。
ニュージャージー州の沖合では米国最大の洋上風力発電施設の建設が、早ければ来年にも開始される。バイデン政権は地球温暖化防止のために、化石燃料からの脱却、グリーンエネルギーの推進に力を入れる。2022年8月に成立した「インフレ抑制法」の中にも、洋上風力発電開発は盛り込まれている。
ニュージャージー州は民主党知事のもとで洋上風力発電施設に積極的に取り組んでおり、2035年までに洋上風力エネルギーで320万世帯以上の電力をまかなうことを目標としている。
石油や天然ガスなど化石燃料の開発に力を入れる保守派からすれば、バイデン政権が推進する洋上風力発電は煙たい存在だ。このため相次ぐクジラ漂着の原因を洋上風力発電と結びつける作戦に出た。ソーシャルメディアなどを利用して「洋上風力発電建設がクジラを殺している」というキャンペーンを展開し、一部市民の世論に火を付けた。
「建設のための海中調査の音がクジラに死をもたらす」など、キャンペーンはあいまいな表現で広がった。このため多くの市民は、漂着したクジラの死因が洋上風力発電によるものだ、との印象を刷り込まれた。
こうした中、NOAAは4月4日、ニュージャージー州沖合での洋上風力発電開発について、クジラなどの生息地に悪影響を与えるが、建設や運転、解体によって個体に深刻なダメージを与えたり殺傷したりすることはない、との報告書を発表した。NOAAや他の研究機関は、漂着したクジラの多くは船舶に衝突したか、漁具が巻き付くなどして死んだと判断しており、現在、米国にある洋上風力発電の2施設(ロードアイランド州、バージニア州)を含め、洋上風力発電事業とクジラの死を結びつける証拠は全くないと強調している。
しかし、保守派がこの程度のことでキャンペーンをストップさせることはなく、アースデーでのメッセージ作戦となった。
昨年12月以降の3カ月で東海岸に漂着した23頭のクジラのうち16頭はザトウクジラだった。3カ月の短期間でこれだけのザトウクジラが漂着したことは初めてだという。好んで食べる魚を追ってザトウクジラが、船舶の航行が盛んなニューヨーク州やニュージャージー州の海域に来るようになったことが、衝突死の増加につながっているともいわれる。米国のメディアはザトウクジラの異変も題材として、一連の漂着のニュースを伝える。
クジラのこととなると、米国では保守派もリベラル派も「守らなければならない動物」という考えでほぼ一致する。熱意のこもったクジラ愛護がグリーンエネルギー論争に絡んでくると、複雑な展開になるかもしれない。
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