イスラムの聖地で起きた娼婦連続殺人事件 ミソジニー社会の闇『聖地には蜘蛛が巣を張る』
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アリ・アッバシ監督が語る、イスラム圏での撮影の難しさ
本作を撮ったアリ・アッバシ監督は、1981年のイラン生まれ。テヘランの大学在学中にスウェーデンのストックホルムに留学。その後、デンマークの国立映画学校で演出を学び、北欧を拠点に活躍している。前作『ボーダー 二つの世界』(18)はカンヌ国際映画祭「ある視点」部門の大賞を受賞した、気鋭の映画監督だ。カナダで新作の準備を進めていたアッバシ監督が、コペンハーゲンよりリモート取材に応えてくれた。
アッバシ「低予算で映画を撮ることには、すでに慣れています(笑)。でも、今回はそれとは違う難しさがありました。イラン政府を敵に回す内容だったため、打ち合わせの際に関係者の中に当局側のスパイが混じっているのではないかと警戒したり、当局はこの映画の情報を入手していて、撮影の邪魔をするんじゃないか、キャストやスタッフが危険な目に遭うんじゃないかという心配がありました。そのこともあって、撮影用の衣装などを購入する場合は、テレビドラマの撮影だと偽って準備を進めたんです。僕は嘘をつくのが下手なので苦労しました。ドキュメンタリー作品を撮る監督はこうした極秘の撮影に慣れているかもしれませんが、僕らが撮ったのは劇映画であり、スタッフとキャストを合わせると100人近いクルーだったので、秘密裡に動くのは容易ではありませんでした」
検閲が厳しいイランだけでなく、イスラム圏での撮影は困難だったと語る。
アッバシ「最初はイラン国内で撮影しようと、正規の手順で撮影の許可をもらおうとしたんです。1年半にわたって交渉しましたが、やはりダメでした。それでイランと似たような中東の他の国をロケ地として探したんです。トルコで撮ろうとしたんですが、トルコ政府に対してイラン政府が『撮影を許可しないように』との要請がされており、トルコでの撮影もできませんでした。それでヨルダンがロケ地になったんですが、イラン人監督が映画を撮ることはヨルダンでは歓迎されず、撮影は難航しました。イランの映像素材が必要な場合は、スタッフがこっそりとイランで撮影してきたんです」
アッバシ監督は覚悟の上での撮影だったようだ。このことはあとで詳しく語ってもらおう。
娼婦を求めながら、その存在を否定した偽善的社会
スパイダーキラーの獲物となるのは、街角に立つその日暮らしの娼婦たちだ。本作に登場する娼婦たちの多くは衣服を脱ぐと、体中がアザだらけである。客である男たちから、連日のように酷い目に遭っていることが分かる。それでも家族を養うためには、体を売り続けるしかない。セックスワーカーの多くは、生活のためにセックスビジネスに従事している。イランでは、彼女たちのそうした社会的背景は問題になったのだろうか。事件当時はまだイランにいたアリ・アッバシ監督に振り返ってもらった。
アッバシ「マジアル・バハリ監督が撮ったドキュメンタリー『And Along Came a Spider』(03)には事件の犯人であるサイード・ハナイや彼の家族も出ていて、今回の映画づくりの参考にすごくなりました。YouTube上に無料でアップされているから、ぜひそちらも観てください。そのドキュメンタリーの中では、裁判所の判事が、被害者たちが貧困状況にあったことを語っています。被害者たちが経済的に厳しい状況だったことは当時から分かっていたものの、彼女たちの職業はスティグマとなっており、負のイメージを払拭することができなかった。貧しさからそうした仕事に就かなくてはならないことを、イランの人たちは頭では理解していたのに、その事実からは目を背けたわけです」
宗教国としての建前と人間の欲望とが、どうしようもなく乖離している様子をアッバシ監督は本作で赤裸々に描いている。スパイダーキラーによる連続殺人事件が話題になっている最中も、生活のために娼婦たちは夜の街に立ち続けた。
アッバシ「彼女たちが夜の街で働き続けたということは、彼女たちのサービスを求める男たちがいたということです。彼女たちのサービスを求めながらも、その一方では彼女たちの存在は否定されていた。ひどく矛盾した、偽善的な社会だったと言えるでしょう」
イランを離れたアリ・アッバシ監督は、長編デビュー作『マザーズ』(16)では社会格差や男女の価値観の違いをモチーフにし、長編第2作となったホラーファンタジー『ボーダー 二つの世界』では人間とモンスターとの境界について問い掛けている。男と女、建前と本音、富裕と貧困、常識と非常識……。さまざまなボーダーが、アリ・アッバシ作品において重要なテーマとなっている。
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