元記者のガーシー本『悪党』を朝日新聞社がどうしても許せなかった本当の理由
#朝日新聞社 #ガーシー
朝日新聞社が自社のホームページに公開した「お知らせ」が、新聞記者や企業の危機管理専門家の間でちょっとした話題になっている。朝日新聞社を辞めた元ドバイ特派員が元参院議員のガーシー(本名・東谷義和)容疑者についてまとめた書籍に在職中に得た取材情報の無断利用があったなどとして、元特派員と出版社に抗議したという内容だ。
「言論の自由」を掲げる大手新聞社が元社員らを相手にこうした姿勢を世の中に示すのは極めて異例だ。朝日新聞社内外の記者たちからは「会社を辞めたら何も書けないことになる」といぶかる声が多いが、朝日新聞社にもそれなりの理屈がありそうだ。
朝日新聞社が問題視しているのは、元ドバイ支局長である伊藤喜之氏(2022年8月退社)が記した「悪党 潜入300日 ドバイ・ガーシー一味」(講談社)である。抗議する「お知らせ」は3月28日にアップされた。
https://www.asahi.com/corporate/info/14871159
ポイントは①在職時に職務で執筆した記事などは、掲載、未掲載を問わず朝日新聞社に著作権があり、無断使用は認めない②「悪党」には在職中に取材した情報が多くあり、守秘義務の対象で、就業規則により退職後も漏らしてはいけない③「悪党」には誤った認識や憶測に基づく不適切な記載がある――などだ。朝日新聞社は伊藤氏と講談社に「自主的に誠実な対応」を取るよう求めた。
この「お知らせ」だけを読めば、現役記者や記者経験者がいぶかるのも理解できる。記事そのものを掲載するなら、勤めていた会社であっても許可は必要だろうが、そうでなければ、何を書こうが個人の自由だ、とほとんどの記者、記者経験者は思っている。ましてや掲載されなかったならばなおさらだ。就業規則にどう書いてあろうと、この理屈だと退社後は、会社が認めなければ、執筆もできなければ、テレビのコメンテーターもできないことになる。
ただ現実はどうか。朝日新聞社出身のジャーナリストや作家、コメンテーターは山ほどいるが、退社後の執筆やコメントの内容について、朝日新聞社からお許しを得ている人はいないはずだ。
ではなぜ、「悪党」には抗議したのか。この書籍を読めば、それなりにわかってくる。「悪党」は伊藤氏が朝日新聞社のドバイ特派員時代からアラブ首長国連邦(UAE)のドバイに滞在しているガーシー容疑者を密着取材した内容をまとめている。ガージー容疑者の懐に飛び込み、ガーシー容疑者がドバイに来るまでのいきさつやドバイでの生活ぶり、周囲に集まる人物などを深く取材している。
特派員時代に書いたとされるガーシー容疑者の単独インタビューは、朝日新聞社や関連のメディアでは掲載されなかったが、「悪党」には約15頁に渡って記されている。
ガーシー容疑者取材をめぐる本社との確執に背中を押される形で朝日新聞社を辞める際のくだりもあり、社内批判も盛り込まれている。「悪党」の前半は朝日新聞時代の取材、後半は社を辞めてからの取材によって構成されている。
ポイント①にある在職時に職務で執筆した記事の無断使用というのは、この単独インタビューが大きな要素となる。ガーシー容疑者の素顔に迫るインタビューで読み応えがあるだけに、朝日新聞社がこう言いたくなるのも理解できる。高いカネを使って特派員として派遣している人間にこれをやられたら会社としてはたまらない、という理屈だろう。
ガーシー容疑者には芸能人らに対する暴力行為法違反(常習的脅迫)などの疑いで逮捕状が出ているが、いまだに海外に滞在しているため、警視庁は逮捕できない。まさに現在進行形の事件であり、朝日新聞社としては過去の事件についてOBが書くことと同じレベルで伊藤氏の出版を扱うわけにはいかないだろう。
ポイント②にある在職中に取材した情報を漏らしてはいけないという点は、「悪党」の前半部分が当たると考えられる。朝日新聞社からすれば、「悪党」の約半分が「守秘義務違反」だということになる。就労規則にあるならば、会社としてはそう主張するだろう。
ポイント③の誤った認識や憶測に基づく不適切な記載というのは、伊藤氏が朝日新聞社を批判している部分がそれに当たりそうだ。「悪党」の中にもそういう内容が記されているが、朝日新聞社関係者は伊藤氏が辞職する際は「円満退社」ではなかったと話す。両者の確執と、現在進行形の事件を他のメディアで書かれたということが、朝日新聞社の異例の「お知らせ」を生んだ要因のようだ。
「悪党」を読んだ何人かの他社の新聞記者は「取材は深く、非常に面白い。その一方で、筆者がガーシー容疑者に入れ込みすぎている印象を受けた。個々の判断ではあるが、ここまで書くほどの事件、それほどの容疑者なのか」と話していた。朝日新聞社にもこうした考えがあり、「悪党」への反発も強まったようだ。
この「お知らせ」が掲載された翌週の4月5日、朝日新聞社は社の命運をかけた重要な「お知らせ」をホームページに掲載した。購読料改定についてである。5月1日から朝夕刊セット版を現在の4400円から4900円に値上げする。新聞離れが加速し、インフレが一般市民の家計を直撃する中での500円の値上げは、極めて大きなことだ。値上げしないと、今後数年、赤字が続くこととなるため、生き残るための「賭け」でもある。薄氷を踏むような経営環境の中で、「悪党」はどうしても許せない書物だったのである。
こうした流れを、ある危機管理専門家は次のように分析する。「朝日新聞社の立場もわかるが、内輪もめに近いものを自ら公表するというのは、企業にとってプラスにならない。抗議したことを公表したところで、読者には何も関係ない。裁判を起こしたというならわかるが、この内容なら朝日新聞社が何をしたいのかが社会に十分に伝わらない。読者に混乱を与えるだけだ」
人も企業もムキになり過ぎるのは得策ではない。
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