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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】Vol.730

松山ケンイチ、長澤まさみが火花を散らす社会派ミステリー『ロストケア』

松山ケンイチ、長澤まさみが火花を散らす社会派ミステリー『ロストケア』の画像1
初共演で激しい演技バトルを見せた松山ケンイチと長澤まさみ

 高齢者たちを狙った連続殺人鬼と、法の番人である検事が、真正面から火花を散らして激突する。映画『ロストケア』は社会派ミステリーとして、とても見応えがある作品だ。殺人の容疑を掛けられる介護士に松山ケンイチ、自然死に見せかけた連続殺人に気づく検事に長澤まさみ。実力派俳優同士がガチで演技バトルを繰り広げる、スリリングなサスペンスとなっている。

 作家・葉真中顕(はまなか・あき)が2013年に刊行したデビュー作『ロスト・ケア』(光文社)が原作。介護問題や格差社会といったシリアスな題材を描きながらも、抜群のリーダビリティーで、最後まで読む手が止まらなくなる推理小説だ。第16回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞している。

 映画の主人公となるのは、地方検察庁に勤める大友秀美(長澤まさみ)。ある民家で老人と訪問介護センターの所長の死体が同時に発見されるという不可解な事件を、検事の大友は担当することに。事務官の椎名(鈴鹿央士)が調べると、その介護センターでは高齢者の死亡率が異様に高いことが判明する。

 容疑者として、訪問介護士の斯波(松山ケンイチ)が浮かび上がる。斯波は勤勉な介護士として、訪問先の高齢者やその家族たちから慕われていた。取り調べを始めると、斯波はあっさりと犯行を認め、しかも42人もの高齢者を殺害したという。

 家族の絆を一方的に断ち切ったことを責める大友に対し、斯波は冷静に反論する。認知症などの重い障害に苦しむ要介護の高齢者と、介護に追われてボロボロになったその家族を救うためのロストケア(喪失の介護)だったと斯波は主張する。

 大友の捜査が進むにつれ、「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい」という聖書の黄金律を斯波は愛読していたことが分かる。さらに彼が体験した壮絶な介護実情も明らかになっていく。献身的だった斯波は、なぜ連続殺人に及ぶようになったのだろうか。

原作小説を思い切った脚色で映画化

松山ケンイチ、長澤まさみが火花を散らす社会派ミステリー『ロストケア』の画像2
斯波の父親を演じた柄本明が物語の重要なキーパーソンに

 10年がかりで本作を映画化したのは、家族の絆の在り方を問い掛けた『そして、バトンは渡された』(21)や高齢化社会をコミカルに描いた『老後の資金がありません!』(21)をヒットさせた前田哲監督。障がい者と介護ボランティアとの関係性をクローズアップした『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』(18)など、社会的なテーマをエンタメ作品として撮り上げることで定評がある。容易ではなかった『ロストケア』の制作内情について、前田監督に語ってもらった。

前田「原作小説が出版された2013年から、ずっと映画化に取り組んできた企画でした。松山ケンイチさんとは『ドルフィンブルー フジ、もう一度宙(そら)へ』(07)で仕事をし、『また、一緒にやろう』と連絡を取り合っていたんです。僕が『ロスト・ケア』をちょうど読み終えたタイミングで、松山さんから連絡があったので、『ロスト・ケア』を勧めたところ、彼もすぐに読んでくれた。それで『やりましょう』と言ってくれたんです」

 主演俳優は決まったものの、高齢者を次々と安楽死させる介護士をめぐる物語ゆえに、映画化の実現には時間を要した。配給会社に企画書を持ち込むが、なかなか決まらない。配給会社が変わるたびに、脚本を書き直すという作業が続いた。

前田「小説ならではのトリックが仕掛けてある原作をそのまま映画化するのは無理だったので、大友と斯波との対決に焦点を絞った形での映画化を進めました。日活の有重陽一プロデューサーから『検事の大友を女性にしてみては?』というアイデアをもらい、よりエンタメ度が高い映画になったと思います。本来は原作者にお金を払って、原作の映画化権を抑えておくべきなんでしょうが、こちらが用意できるのは、企画書と脚本、それと熱意しかありませんでした。それでも、原作者の葉真中さんは10年間ずっと待っていてくれたんです」

 映画化を進めていく上で大きな暗礁に乗り上げることになったのは、2016年に相模原の障がい者施設で起きた連続殺傷事件だった。ナチスドイツの優生思想に感化された植松聖容疑者の短絡的な犯行とはまったく異なるとはいえ、映画の中の斯波の描き方はより慎重を期することになった。

前田「松山さんが演じる斯波が、サイコパスなシリアルキラーに見えないようにキャラクター像や台詞は細かい部分まで入念に修正しています。原作の斯波はもっとカリスマ性を感じさせるキャラクターでしたが、映画では自分たちと変わらない地続きの人間にしています。斯波の父親は柄本明さんに演じてもらっていますが、どうしても柄本さんに出てほしく、手紙を書いてお願いしました。また、原作では聖書の黄金律が重要なモチーフになっていますが、映画ではもうひとつ『ハチドリのひとしずく』(光文社)も取り上げています。南米の民話をベースにした絵本で、一羽のハチドリが山火事を鎮めようとひとしずくの水滴を何度も運ぶという内容で、斯波の行動原理と通底するお話なんです」

 南米の先住民が語り継いできた『ハチドリのひとしずく』では、一羽のハチドリが「私は、私にできることをしているだけ」と語る。映画『ロストケア』の裏テーマと言えそうだ。

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