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国産R&Bのパイオニアが振り返る宇多田ヒカルの衝撃

「『First Love』のジャケットの唇が素晴らしい」DJ HASEBEの宇多田ヒカル論

「『First Love』のジャケットの唇が素晴らしい」DJ HASEBEの宇多田ヒカル論の画像1
DJ HASEBE(写真=井上琢也 以下、同)

 DJ HASEBE名義のミニアルバム『adore』は、1998年にリリースされた。今でこそブラックミュージックの影響下にあり“R&B”と称すことができるサウンドが一般的に流通しているが、『adore』が果たした役割というのは、ほどなくして一大ムーヴメントを巻き起こす「日本語R&B」を語る上で避けて通ることはできない。

 その前年に発表されたSugar Soul「今すぐ欲しい」――プロデュースは言わずもがなDJ HASEBE――の追い風も受けて。本稿では『adore』と同じ98年にリリースされた宇多田ヒカル「Automatic」を軸に、DJ HASEBEが当時から現在に至るまでの、宇多田ヒカルを語った。

――宇多田ヒカルが登場したときの第一印象、覚えていますか?

DJ HASEBE とにかくインパクトは強かった。当時、宇田川町ではいろんなアーティストのアナログプロモーションが盛んに行われていたんだけど、「time will tell」や「Automatic」のアナログが配布されたときは、正直“いくつもある中のひとつ”でしかなかったんだよね。でも、「Automatic」のヒットがあり、『First Love』というクオリティの高い作品をメジャーからリリースできたことは、単純にすごいなと思わされた。

 そのときのヒップホップやR&Bのアーティストの多くはインディで活動していた時代で、かつ「ポップであることに逆らいながら」のシーンでもあったから、誰もが“どうポップに抗いながら曲として完成させるか?”を模索していた時代でもあったと思うんだよね。

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 それに対して宇多田ヒカルの『First Love』は、90年代初期に通じるキックやスネア、ドラムのアレンジ、展開の多さとか、各楽曲のアレンジがポップで古くさくは感じてしまうんだけど、トータルバランスが我々が模索していたことを具現化していたというか、「日本人が好むR&Bサウンド」へのアプローチが長けていたように感じるんですよ。

 もともと宇多田ヒカル全肯定派じゃなかったけど、聴き続けるうち、クラブでプレイしていく上で「これは良い意味で全然アリ」という認識に変わってきたね。

――実際にクラブでプレイしたときの、フロアの反応というのは?

DJ HASEBE 初めこそ試験的だったかもしれないけど、「Automatic」は普通にプレイするようになって、フロアの反応もよかった。記憶が前後しているかもしれないけど、「Automatic」のアナログが配布されたときは、世の中的にすでにヒットしていたからね。

 FMノースウェーブ(北海道札幌市のFM局)でパワープレイされて、北から降りてきた関東圏でもヒットした、って印象がある。

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――2000年前後は日本語ラップ/R&Bも良曲が量産されるも、どちらもDJプレイの中に組み込むのが難しい時代であったと思いますが、「Automatic」はどのタイミングで機能していたんですか?

DJ HASEBE 確かに当時はDJのほとんどが、海外の楽曲のみでミックスしていたし、たとえ途中で日本語の曲を挟み込んで盛り上がったとしても、それに続く楽曲が不足していた。なので、時間帯的に最後にもっていきがちだったかな。日本語ではほかにもUAの「情熱」やCrystal Kayの「Ex-Boyfriend」とかかけていたけど、やっぱりどこか浮いちゃう感じだった。

 あと、これは決して悪い意味じゃないんだけど、宇多田ヒカルというアーティストを“分析”したことがないんだよね。

 昔なにかの番組で宇多田ヒカル特集を組んで、「彼女の何が素晴らしいか?」っていう質問に「『First Love』のジャケットの唇が素晴らしい」とかアホな分析しかできなかったし、っていうか分析ですらないんだけど(笑)。DJ的な感覚からすると「良いか悪いか、プレイしやすいかしにくいか」ってことに重きを置くからね。

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宇多田ヒカル『First Love』

――すると、「Automatic」以降で、DJプレイ的に好感触だった楽曲というのは?

DJ HASEBE 『HEART STATION』だと「虹色バス」がサンプリングっぽい音色が印象的でいいよね。『Fantôme』は「ともだち with 小袋成彬」、『BADモード』になると「Somewhere Near Marseilles ーマルセイユ辺りー」かな。

 中期以降はフロアライクな楽曲はそんなに多くないような気がする。登場したときのR&Bの印象が強いけど、あくまでそれは宇多田ヒカルのバックグラウンドの一部であって、彼女自身はR&Bを突き詰めたいわけでもないだろうし、独自の音楽性をストレートに表現していく中で、クラブサウンドとして機能している楽曲が存在する、という感じなんじゃないかな。

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――改めて、『First Love』リリース時の宇多田ヒカルは、ほかの国産R&Bと比較して異なる点があるとしたら、それが何だったと思いますか?

DJ HASEBE まず、歌がうまい。歌声が特徴的である。歌詞やサウンド面、メロディの展開が独特で、キャラクターも際立っていたし、トータルバランスが秀でていたところじゃないかな。「歌がうまい=本格的でソウルフル」ではなく、柔らかい歌唱法で、より現代的だったしね。宇多田ヒカルの発声法というのは、日本国内でのブラックミュージック的なひとつのあり方を示したように感じる。

 実は当時、僕もそうした歌い方について考えていて、だからこそBONNIE PINKと曲を作ったりしていたから。今はもう何周も回って「いろんなスタイルがあるな」と思うけど、そのアプローチの仕方に振り切ったスター性があり、一線を画す存在だったんじゃないかな。それまで存在していた枠を余裕で超えてしまったというか、単純にそこに大きな衝撃があった。

 なので、宇多田ヒカルのヒットによって、自分はもっと違うところを開拓せねば、と思わせられたのも事実です。

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(プロフィール)
DJ HASEBE
DJ/サウンド・プロデューサー。1990年よりDJとして活動をスタート。1998年にSugar Soul & Zeebraを迎えた「今すぐ欲しい」収録のミニ・アルバム「adore」をリリースし、その名を世に広める。以降、多くのアーティストのリミックスやプロデュースを手がけ、2018年にはOLD NICK名義でのファーストアルバム『natsuco』もリリース。昨年末には横山剣を客演に迎えた新曲「Bayside Lover feat. 横山剣CRAZY KEN BAND)」が話題になるなど、キャリア30周年を迎え多方面で活躍中。
Twitter〈@djhasebe〉
Instagram〈@oldnick〉

佐藤公郎(月刊サイゾー編集部)

『GROOVE』『LUIRE』(共にリットーミュージック)、『blast』(シンコーミュージック)、『FLOOR net』(FACTRY)などの音楽誌の編集を経て、現在は『月刊サイゾー』編集部勤務。主に音楽企画を担当。昨年末からスタートした音楽ライター・小林雅明/渡辺志保両氏がパーソナリティを務めるポッドキャスト〈サイゾー:Talk About Hip Hop〉の制作も担当。

Twitter:@56dtp

さとうこうろう

最終更新:2023/03/27 20:53
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