加害者と遺族の両視点で描く法廷サスペンス! “少年犯罪”をテーマにした問題作『赦し』
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密室性を感じさせる日本の裁判所
脚本家のランド・コルターはカナダ出身であり、本作の原作となったシナリオの第1稿は国籍を曖昧にした法廷ミステリーになっていたそうだ。アンシュル監督は日本の少年犯罪について入念にリサーチし、高等裁判所に通い、実際の裁判も傍聴するなどして、リアリティーのある物語として映画化することに努めた。
アンシュル「日本で実際に起きた少年犯罪についていろいろと調べましたが、本作はあくまでもフィクションです。日本の司法の在り方に一石を投じるつもりで映画化したわけではありません。同級生を刺殺した夏奈に懲役20年が下されるなどは、実際の日本の少年犯罪ではありえないことでしょう。服役中の夏奈に、被害者の親が面会に行くこともできないはずです。手錠の仕方や傍聴席にいる人たちの服装、女性の裁判官もいることなどは、現実の裁判にリアルに則したものにしていますが、ドラマ性を高めるためにフィクショナルな部分もあえて加えています」
日本社会のアウトサイダーであるアンシュル監督ゆえに、日本の司法界について驚いた点もあるようだ。
アンシュル「日本の刑事裁判では、99%が有罪になることを知って驚きました。インドもそうですが、欧米ではありえない数字だと思います。日本では容疑者が自供する率も非常に高いと聞いています。冤罪事件が含まれている可能性もあるのではないでしょうか。もうひとつ、裁判所を取材して気がついたのは、日本の法廷には窓がないということです。これも海外の裁判所とは異なる点だと思います。日本の司法の世界の密室性を象徴しているように感じられます」
優れたコメディアンは、シリアスな演技もできる
キャスティングのユニークさも、日本の芸能界とは距離を置くアンシュル監督ならではのものだろう。再審に臨む夏奈の苦悶の表情には、加害者としての罪の意識や贖罪を願う心情が滲み出ている。夏奈を演じた松浦りょうの迫真の演技は、今年の日本映画界の大きな収穫と言えそうだ。
アンシュル「松浦りょうさんに初めて会ったのは、『コントラ』が上映された新宿・K’s cinemaでした。主演の円井わんさんと一緒に僕は舞台あいさつしたのですが、松浦さんは映画を観にきてくれていたんです。すでにコロナが流行していたので松浦さんはマスクで口と鼻を隠していましたが、目力のすごさがとても印象に残っていたんです。
彼女を起用した映画を撮りたいと考え、本作の制作が決まり、オーディションを受けてもらいました。オーディションは3回やり、途中で彼女が泣き崩れるほどハードなものになりました。彼女はラッキーガールではなく、実力で役をつかみ取ったんです」
沖縄出身でバイリンガルである尚玄には、以前から出演オファーしていたそうだ。髭を伸ばし、体重を増やすなど徹底した役づくりで、尚玄は加害者への復讐心を燃やす父親役に挑んでいる。『ひとよ』『台風一家』(19)でブルーリボン賞助演女優賞を受賞しているMEGUMIは、オーディションを経ての配役だった。
アンシュル「MEGUMIさんは日本では有名な女優であることを僕は知らず、オーディションを受けてもらいましたが、そこでも素晴らしい演技を見せてくれました。藤森慎吾さんは、MEGUMIさんからの推薦です。優れたコメディアンは、シリアスな演技もできることを僕は知っています。僕の期待どおりでした(笑)。
キャストにはそれぞれのバックグランドについても語ってもらい、キャスト自身が抱えている葛藤などをキャラクターに生かすようにしました。監督とキャストとの信頼関係で語ってもらったことなので他言はできませんが、キャラクターに深みを出すのに大きく役立ったことは間違いありません」
少年犯罪というナイーヴな問題に、アンシュル監督は映画制作を通して4年間にわたって向き合った。
アンシュル「事件が起きてから、主人公たちはずっと檻の中で過ごしている状態だったんです。罪を犯した夏奈だけでなく、娘を失った克と澄子も悩み、苦しみ、どこにも行くことができなかったわけです。精神的な檻の中にいる状態だったんです。愛する人を失うことはどれだけつらいかを、自分なりに掘り下げた作品に仕上げたつもりです。人を赦すとはどういうことなのか、この映画を観て感じてもらえればと思います」
事件以降、ずっと時間が止まった状態だった夏奈、克、澄子は、最後にどんな決断を下すのだろうか。アンシュル監督と共に苦闘した俳優たちの熱い演技を堪能してほしい。
『赦し』
監督・編集/アンシュル・チョウハン 脚本/ランド・コルター
出演/尚玄、MEGUMI、松浦りょう、藤森慎吾、生津徹、成海花音、清水拓藏、真矢ミキ
配給/彩プロ 3月18日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国順次公開
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