アカデミー賞受賞7冠の『エブエブ』が本当にスゴいのはブッ飛びじゃなくて…
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バフィー吉川の「For More Movie Please!」
第7回目は“エブエブ”こと『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』をget ready for movie!
先日発表された第95回アカデミー賞において11部門中12という最多ノミネートされ、実際に7部門の最多受賞となった『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』は、現在日本でも公開中。
低予算作品ということもあって、A24製作作品史上、最も収益をあげた作品ともいわれているが、同作は何が人々を魅了し、いったい何がスゴいのだろうか。
一番の理由は、常識に捉われないブッ飛んだ脚本とセンスといったところだろう。プロットというものは、ある程度決まったフォーマットが存在しているが、ダニエル・クワン&ダニエル・シャイナート監督の「ダニエルズ」の作品は、それを完全に無視していて(あるいは無視しているように見せかけて)、本当の意味で自分らしい作品作りをしていると思える映画人だ。
「ダニエルズ」は過去に『スイス・アーミー・マン』(2016)の中でダニエル・ラドクリフ演じる死体がオナラを原動力として動くという、誰も考えつかない、考えついたとしても映像化をしようとは思わない奇抜すぎるアイデアを実体化させたことで、変な映画を撮る監督コンビとして話題になった2人だ。
今作でもその奇妙さは健在で、やはり変な作品である。別の宇宙の自分とリンクするのにお漏らしをしたり、紙で指の間を切るなど、バカバカしいが、マルチバース(多元宇宙)というなんでもアリな設定を存分に活かし、自分たちの奇抜アイデアを披露するフィールドに持ち込んだのは狙い通り。
出来上がった脚本を持っていくところが悪かったら、完全否定されてもおかしくないし、逆にアングラ系レーベルなら好む作風かもしれないが、そういったところで映像化したらチープなZ級作品になるだろう。
低予算とはいえ、それなりの形になって世に送り出されているのだから、そういった作品も拾われる時代になってきた。つまり人種や性的マイノリティだけに限らず、映画のジャンルも多様性が求められるようになったきて、そういった作品が評価される時代に突入したということなのだ。
映画というものは、世界を、宇宙を作ることができるということ、インスピレーションは自由であっていいのだと証明してくれたという点では、革命的作品ともいえるかもしれない。映画というもの自体がマルチバースなのだ。
【ストーリー】
経営するコインランドリーの税金問題、父親の介護に反抗期の娘、優しいだけで頼りにならない夫と、盛りだくさんのトラブルを抱えたエヴリン。そんな中、夫に乗り移った“別の宇宙の夫”から、「全宇宙にカオスをもたらす強大な悪を倒せるのは君だけだ」と世界の命運を託される。まさかと驚くエヴリンだが、悪の手先に襲われマルチバースにジャンプ!カンフーの達人の“別の宇宙のエヴリン”の力を得て、闘いに挑むのだが、なんと、巨悪の正体は娘のジョイだった…!
ついに真正面から女優として評価されたミシェル・ヨー
『男たちの挽歌』(1986)のチョウ・ユンファ、今回のアカデミー賞でプレゼンターとしても登壇したドニー・イェン、ほかにもジャッキー・チェン、ジェット・リー、イ・ビョンホンなど、アジア系俳優にとって、圧倒的にアウェーなアメリカにおいての居場所を見出してきた俳優たちは何人かいるものの、アジア系女優として一番有名なのは、やはりミシェル・ヨーではないだろうか。
『007 トゥモロー・ネバー・ダイ』(1997)ではボンドガールを演じ、第73回アカデミー賞でも話題となった『グリーン・デスティニー』(2000)で強い印象を残したミシェル。
ただ、例えば『ラストサムライ』(2003)のステレオタイプな日本人像がいまだに残っているからこその「日本人ならこの俳優!」という場合に、渡辺謙や真田広之が安定枠になってしまっているのと同じように、ミシェルは『グリーン・デスティニー』の印象の強さから、2000年以降はチャン・ツィイーと共に海外におけるアジア人女性というステレオタイプなイメージを背負ってきたともいえる。
ミシェルの場合は、英語のできるアジア系中年女性役には比較的キャスティングされる傾向にあり、近年も『シャン・チー/テン・リングスの伝説』(2021)や『ガンパウダー・ミルクシェイク』(2021)といった大作、話題作の多くに出演している。出演率でいうと、ミシェルは映画に出演できずドラマの端役などで消費されていくアジア系俳優たちと比べると、ハリウッドで成功したとはいえるだろう。
それもアジア系女性のキャラクターとしてハマりやすいという需要からキャスティングされることが多かった。演技が真正面から評価されていたというのは、正直言ってそれほどなかったように感じられる。
しかし多様性が求められる時代に突入し、ほとんどアジア系俳優で構築されたイギリス映画『クレイジー・リッチ!』(2018)もそうだが、『ラスト・クリスマス』(2019)など、演技を評価される機会が増えてきたことは誰しもなんとなく感じるはずだ。
それは“時代だから”といって突然訪れたものではなく、ミシェルがアメリカやイギリスで長い期間かけて地道に作ってきた下地があるからこそでもある。まだまだ狭いかもしれないが、若手に対しても道が築かれてきたといえるだけに、今活躍するオークワフィナやコンスタンス・ウー、ジェンマ・チャンなど、海外で活躍するアジア系俳優の中ではヒーロー的な存在であるのだ。
そして『エブエブ』という作品は、そんなミシェル・ヨーという女優を、改めて真正面から見つめ直した作品としても機能している。それは、アジア人だけに限らず、全ての移民として海外で居場所を見つけようとしている人々にとっても、メタ的に感動を呼ぶのではないだろうか。
それに加えて助演男優賞を受賞したキー・ホイ・クァンもそうだし、ホラー映画のスクリームクィーンとしては評価されても女優としてはあまり評価されてこなかったジェイミー・リー・カーティスが助演女優賞を受賞したのも同じように、評価されてこなかった者たちが自分たちの価値を証明するために活躍する。つまり、アカデミー賞受賞までがセットになっていて、これで本当に映画が完成したと思えるのがスゴいところだ。
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
2023年3月3日(金) TOHOシネマズ日比谷 他全国で公開中!!
監督:ダニエル・クワン ダニエル・シャイナート
出演:ミシェル・ヨー、キー・ホイ・クァン、ステファニー・スー、ジェイミ
ー・リー・カーティスほか
配給:ギャガ
公式サイト:https://gaga.ne.jp/eeaao/
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