R-1、コットンきょんのネタに対する2つの批判に現役ピン芸人が見解
#芸人 #R-1 #吉松ゴリラ
概要紹介!
R-1グランプリ2023――例年開催されるこのお笑い賞レースは今回で実に21回目となり、その重厚な歴史に恥じぬ8名のピン芸人達が大会を彩った。本大会は激戦を制した田津原理音(たづはらりおん)氏の優勝で幕を閉じたが、一方、ファイナルステージまで進出したコットンのきょん氏のネタに一部批判の声が上がっているようだ。
今回批判となっている問題の焦点は、下記2点に集約される様子。
①コンビのネタを、ピンネタとして行っている
②コンビ芸人が、R-1に参加するべきではない
今回はそれらの批判に対する、超個人的な見解を述べさせて頂く。
個人的見解!
① コンビのネタを、ピンネタとして行っている
これはきょん氏の行ったネタが、ほぼコンビのネタそのものであった事に対する批判である。ネタ全体のストーリーとセリフがほぼ同じだったとの事で、「これはピンネタではない」という意見が出ているようだ。
結論からいうと、僕は「コンビのネタをピンで披露しても、それは“ピンネタ”である」という意見である。超個人的見解であるが、僕はこの批判を「ネタを引き算で見た人の意見」と考える。おそらくこのような批判をしている方のほとんどは、きょん氏のコンビのネタの後にピンネタを見て、演者を「二人→一人」と減らして演じている事に、違和感を感じているのではと思う。
しかし、僕は普段から芸人のピンネタを見る際、「一人→二人」の足し算でも考える。つまり「このピンネタは一人で演じているが、二人で演じるとどうなるのか」という視点である。なぜならこの視点で見た上でなお、「一人でしか演じられない」もしくは「一人で演じた方が面白い」というものが一つのピン芸の極地であり、一種の美学を体現したピンネタであると考えるからだ。
そして、この足し算の視点で見た場合、ピン芸人が行っているネタのうち、かなりの数が二人で演じる事が可能である。つまり、ピンネタかどうかの判断基準は「一人でしか演じられない」というものではない。「舞台上で、一人でネタを完結させているかどうか」なのである。今回きょん氏は先にコンビでネタを披露していたため、演じ手の増減に注目が集まってしまったようだが、この条件に当てはめるのであれば、きょん氏のネタは間違いなくピンネタである。でなければ、きょん氏のようなコンビの場合、ピンネタか否かの基準が「ネタをピンで先に披露するか、コンビで先に披露するか」というネタの発表順になってしまう。
ちなみにだが、ごくごく一部できょん氏のネタが「コンビの方が面白かった」というやや否定的な意見もあったので、こちらにも少し言及をさせて頂く。実は「一人でも演じる事ができるネタ」と「一人の方が面白いネタ」は全く別物である。そして「二人で演じる事が可能なネタ」の多くは、一人より二人の方が見やく、面白い。その理由はネタに差し込まれるボケや、構成云々の話ではない。「一人の方が面白くなる」という状況設定自体が、狭すぎるが故である。
なぜなら、ネタ(特にコント)において、相手役がいるという事は非常に重要なのだ。相手役がボケやツッコミをしないどころか、一言も喋らずとも、その表情の変化を介して視聴者はコント内の空気を読む。セリフがなくとも動いてもらえればストーリーがスムーズに進むし、フリのセリフを喋ってもらえば、同じコントでも格段に見やすくなる。相当数のピンネタが音声やフリップ、相手の言葉の復唱などを使い「相手役がいない部分を補う」という形で披露されている以上、相手役がいる方が見やすいのは自明の理である。
しかし、ピンネタの条件が「一人の方が面白いネタ」に限定されなければならないかというと、そうでなくても良いというのが僕の意見。「一人の方が面白いネタ」は「一つの美学の極地」というだけであり、基本的にネタは面白ければ何をしても良いのだ。今回のきょん氏のネタ同様、一人で演じても十二分に面白いネタを、わざわざ封じて世にお披露目する機会を逸するのは無駄に他ならない。もしそれが許せないピン芸人がいるのであれば、それを超える美学の極地たるネタを作り、他のネタ全てを叩き潰せば良いだけの話。全ての芸人に強制すべき美学ではないのだ。
② コンビ芸人が、R-1に参加するべきではない。
これは、そもそも普段コンビで活動を行っている芸人がR-1グランプリに参加する事自体に疑問を呈する意見である。個人的にも、「ピン芸人」というジャンルに敬意を払う芸人仲間から言われる場合も多い。特に今年の場合、敗者復活枠を除くファイナリスト7組中3組が普段コンビで活動している芸人であり、その数は決勝枠の約半数にのぼる。そもそもピン芸人のチャンスは年1回のR-1グランプリだけであり、更にコンビ芸人に荒らされてしまった現状が同情的意見を生んでいるようだ。
しかし、超個人的意見だが、R-1とは「“ピン芸人のNo.1”を決める大会」ではなく、「全ての芸人を対象とした“ピンネタのNo.1”を決める大会」である。人気の有無、コンビの有無、人種・性別などの全てを超えて「最強のピンネタを披露できる“個人”」を決める大会なのだ。だからこそ尊く価値がある。だからコンビ芸人が出る事は至極当然であり、むしろ参加してもらった方が良い。でなければ、たとえ王者が生まれても「ピン芸人」という狭い範囲内だけの王様になってしまうからだ。
僕の理想の世界では、コンビの有無に関わらず、参加資格のある全ての芸人が参加する。その上でなお、コンビ芸人が「二度と参加しない」というレベルでトラウマを抱える程、圧倒的なピンネタをピン芸人が披露するべきなのだ。「ピンネタでは、どうあがいてもピン芸人には勝てる訳がない」……そう、世界に刻んでこそのR-1。
ごくまれに存在する陰謀論が如く、ファイナリストの選出に変な思惑が絡んでいないのであれば、「ファイナリストにコンビ芸人がいる」という事実は、二回戦で圧倒的敗退を喫した筆者含めて「ピン芸人が不甲斐ない」というだけの事なのである。
R-1でコットンきょんのネタが物議…バカリズムの辛口採点が象徴するピン芸の今
3月4日、フジテレビ系で放送された、一人芸で誰が一番面白いかを決める大会「R-1グランプリ2023」。今大会は吉本興業所属の「田津原 理音(たづはら りおん)」さんが...サイゾー人気記事ランキングすべて見る
イチオシ記事