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日刊サイゾー トップ > 連載・コラム  > 新しい道を決断で向き合えた『ちひろさん』
宮下かな子と観るキネマのスタアたち 最終回

『ちひろさん』は私の哲学書、新しい道を決断してやっと向き合えた

『ちひろさん』有村架純の笑顔を見て私は泣いていたの画像1
文/イラスト 宮下かな子

 ちひろさんに出逢ったのはいつだっただろう。
 
 おそらく下北沢ビレバンの本の沼にどっぷりハマった上京3年目の頃。黄色いポップに導かれ、なんとなく手に取った安田弘之さんの「ちひろさん」(秋田書店)だったが、彼女の魅力に取り憑かれ、私は夢中になって読んだ。

 読んだ、という感覚ではなく、1人の人間に出逢えた感覚だった。ページをめくると、物語が進んでいくというよりも、ちひろさんが自分に語りかけてくる。

 元風俗嬢、町の小さなお弁当屋さんで働くちひろさん。人や地位や居場所に執着せず、自由で、孤独を恐れない。人の心を射抜くような、鋭くて、偽りがない言葉を投げかけてくれる。猫のようにするりと人の間を潜り抜け、いつかふわっと何処かに消えてしまいそうな、そんなちひろさん。私が人生で出逢ってきたどの大人にも当てはまらなかった。

「ちひろさんみたいなかっこいい大人になりたい!」
「私もちひろさんとお友達になりたい」

 そう心から思い、私にとって憧れの人となったのが、だけど私は、ちひろさんの瞳を見つめ続けられる自信はなかった。あの瞳に、今の自分を見透かされてしまう気がして、こわかったのだ。

 衝撃的な読書体験以降、『ちひろさん』はマンガという娯楽の域に留まらず、私にとって哲学書となり、断捨離をして大切な本しか並んでいない私の本棚の中でも、今でもダントツ一番に大切な漫画となった。

 そんな『ちひろさん』が、今泉力哉監督、主演に有村架純さんの嬉しいタッグで実写化。あのちひろさんがどんな風に描かれているのだろう、とおそるおそる観てみると、冒頭、ホームレスの男を送り出し、玄関先でにっこり微笑む有村さんの笑顔をみて、気付いたら私は泣いていた。

 ちひろさんだった。

 ちひろさんの、まっすぐで、底がわからないくらい深くて黒くて静かでひんやりした瞳を、有村さんが体現していて、それは紛れもなくちひろさんだった。

 映画化のおかげで久しぶりにちひろさんと再会した私は、「あの頃のわたしは、きっとオカジだったんだなぁ」と思う。

 周りの大人に従って、箱におさまっている自分を、なんとなく良くない気はしていて、モヤモヤして、だけど抜け出す勇気はなくて。息の苦しい家族との食卓に身を置くオカジの姿は、少し前の自分だった。ちひろさんの隠し撮りをしながら跡を追ってしまうオカジの心情は、ちひろさんに憧れはあるけど向き合えない、という私の心情に重なるものがあった。

 そんな私は今、これまでの箱から抜け出して、新しい道に進もうとしている。それは、ちひろさんに憧れていたあの頃の心情とは明らかに違っていて、今の私だったら、ちひろさんの瞳を恐れず、まっすぐ見つめられる。そんなふうに思えた。

 人間は、本当に臆病な生き物だと思う。

 自分が世界に存在する意味を見つけたくて、安心したくて、人や、物や、地位や、教え、名前に縋る。そんなの、その人自身じゃないのにね。
 
 先の見えない不確かな道は、こわくて正直不安しかないけれど、だけど、そんなふうに決して前向きじゃない感情も、怒りも悲しみも孤独も全て受け入れて生きることで、また違う世界が広がる気がするから。そして、そんな複雑な感情全てをエネルギーに変えられるのが、表現の世界だと私は思うから。

 私はこの決断をして、やっとちひろさんと向き合えた。

 どんどん先を行く後ろ姿しか見えないちひろさんけれど、今の私にだったら、きっとちひろさんは気まぐれに振り返って、お茶目に微笑んでくれるんじゃないかな。そしていつか、肩を並べて乾杯できる日が訪れる気がします。

 連載の最後に、こんなに自分にとって大切な作品に触れることができて、とても幸せです。

 約2年半、形を変えながらも向き合ってきたこの『宮下かな子と観るキネマのスタアたち』の執筆は、映画と共に、自分自身と向き合う大切な時間となり、それは、新しい道に踏み出す勇気をくれました。

 素敵な場を与えてくださり、ずっとずっとあたたかく見守ってくださっていた担当編集者のHさん。そして、こんな未完成な私の赤裸々な呟きを、いつも読んでくださっていた読者の皆さん。本当に本当にありがとうございました!

 皆さんも、良い人生を。またどこかで会いましょう!

※宮下かな子さん作品集『MUSEUM』発売記念インタビュー公開中

宮下かな子(俳優)

1995年7月14日、福島県生まれ。舞台『転校生』オーディションで抜擢され、その後も映画『ブレイブ -群青戦記-』(東宝)やドラマ『最愛』(TBS)、日本民放連盟賞ドラマ『チャンネルはそのまま!』(HTB)などに出演。現在「SOMPOケア」、「ソニー銀行」、「雪印メグミルク プルーンFe」、「コーエーテクモゲームス 三國志 覇道 」のCMに出演中。趣味は読書、イラストを描くこと。Twitter〈@miyashitakanako〉Instagram〈miya_kanako〉

Twitter:@miyashitakanako

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【アミューズWEBサイト公式プロフィール】

みやしたかなこ

最終更新:2023/03/23 19:12
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