竹中直人監督、斎藤工主演『零落』はヒロイン・趣里の美しさに魅了される
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俳優たちを際立たせるディレクション
自己表現欲と商業ベースとのはざまで悩む主人公・深澤薫は、井口昇監督の『ロボゲイシャ』(09)などで共演してきた斎藤工。共同監督作『ゾッキ』の宣伝中に、斎藤がすでに『零落』を読んでおり、「好きです」と語っていたことから、スムーズに決まった。妻・のぞみは、テレビドラマ『極主夫道』(読売テレビ制作、日本テレビ系)で共演したMEGUMIに。彼女はプロデューサーのひとりとしても関わっている。ヒロインとなるちふゆ役は、早くから趣里に決めていたという。
竹中「ちふゆ役は、趣里以外に考えられなかった。髪型もショートカットにしてくれて役のイメージに合わせてくれました。どこか岸田今日子さんを思わせる、すごい俳優です。役はキャスティングされた時点で、ほぼ出来あがっています。後は衣装と風景と現場の空気が役を生んでいきます。趣里は声の音色も素晴らしいですね」
とはいえ、女優たちを美しく撮り上げてきた竹中監督ならではのメソッドがあるのではないだろうか。
竹中「美しく撮る秘訣なんてありませんよ。みんな生の美しさです。テストは1回、すぐ本番! いきなり本番! なんてこともあります。役者には自由でいてほしいので、僕からは作り込まないようにしています。リハーサルもしませんし、編集用の素材撮りも一切しないです」
竹中監督いわく「演出はしないが、ディレクションはする」とのことだ。横浜の歓楽街・福富町での別れ際、名前を尋ねる深澤に対し、答えるちふゆの顔に通行車のヘッドライトが重なるなど、細かいディレクションが行なわれている。深澤とちふゆが出会うラブホテルのカーテンなどのインテリアにも、竹中監督のこだわりが出ている。
主人公の深澤はいつもうつむいており、ボソボソとしかしゃべらない。そのことで、むしろ斎藤工のセクシーさが伝わってくる。アシスタント・冨田役の山下リオ、深澤の編集担当・徳丸役の永積崇らも味のある存在を見せている。出番の限られているキャストも含め、それぞれのキャラクターの個性が感じられる。
竹中「脇役と思って見つめていません。出演者はみんな主役です」
竹中監督の深い愛情が、映画『零落』の世界を成立させていることは間違いない。
原作コミックと映画との微妙な違い
物語の後半、漫画が描けなくなった深澤は、実家に帰ることになったちふゆに同行する。都会的な雰囲気を漂わせていたちふゆだが、故郷は静かな田舎だった。創作者としての袋小路に迷い込んでいた深澤の前に、海が広がって見える。
竹中監督が『サヨナラCOLOR』(05)のロケに使った千葉県九十九里浜での撮影だが、『サヨナラCOLOR』の穏やかな青い海とは違い、黒く、荒々しい海となっている。
竹中「これまでに出演した映画やテレビドラマなどで、心に残った場所を選んでロケハンします。深澤が大学時代付き合っていた彼女(玉城ティナ)と待ち合わせる喫茶店は、僕が多摩美時代に通っていたお店です。大学時代は国分寺に住んでいたんですが、当時と変わらないお店がまだ残っているので撮影させていただきました」
原作、キャストだけでなく、ロケ地も、竹中監督のお気に入りのものが選ばれている。
浅野いにおの原作に忠実な形でストーリーは展開されるが、細かい違いもある。ちふゆの故郷まで一緒に旅した深澤だったが、やがて別れの時間が訪れることに。
竹中「原作にはないですが、ちふゆの田舎で、去ってゆく深澤の後ろ姿を見つめているちふゆが、思わず『薫くん!』と小さく叫ぶシーンを撮りました。一瞬だけ、ちふゆは深澤に恋をしたんじゃないかと思ったんです」
大人同士の割り切った関係の中にも、どこか割り切れない想いが残る。浅野いにおの原作コミックが忠実に映画化されているが、それでも原作からはみ出した生々しい感情が映画には溢れている。割り切れない想いやはみ出した感情が、とても愛おしく感じられる。
かつて売れっ子漫画家だった深澤は、“零落”という名の生き地獄へと堕ちていく。堕ちていく人間にしか味わえない、格別な世界だ。竹中監督は、そんな世界にある種の美しさを見い出しているようだ。
『零落』
原作/浅野いにお 監督/竹中直人 脚本/倉持裕 音楽/志摩遼平(ドレスコーズ)
出演/斎藤工、趣里、MEGUMI、山下リオ、土佐和成、信江勇、宮﨑香蓮、玉城ティナ、安達祐実
配給/ハピネットファントム・スタジオ 3月17日(金)よりテアトル新宿ほか全国公開
©2023 浅野いにお・小学館/『零落』製作委員会
happinet-phantom.com/reiraku
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