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工藤大輝インタビュー

Da-iCE・工藤大輝が語る宇多田ヒカル「“基礎”を全部作ってしまった」

Da-iCE・工藤大輝が語る宇多田ヒカル「“基礎”を全部作ってしまった」の画像1
写真/石田寛

 1998年末に15歳の若さでデビューし、翌年1stアルバム『First Love』を700万枚以上売り上げるという前代未聞のマイルストーンを打ち立てた宇多田ヒカル。以降もリリースされる作品は世代・国境を越えて大きな影響力を与えてきた。2022年には初のバイリンガル・アルバムとなる『BADモード』を発表し、この年のさまざまなメディアの年間ベストに選出されるなど絶賛されたほか、初の音楽フェス出演と88risingとのコラボなどワールドワイドな活躍を見せ、年末に配信されたNetflixドラマシリーズ『First Love 初恋』の影響で「First Love」がアジア地域でリバイバルヒットとなるなど、多くの話題を振りまいた。

 今、あらためて宇多田ヒカルを考える。そこで、「影響を受けたアーティスト」に宇多田ヒカルの名を挙げているDa-iCEのリーダー・工藤大輝に話を聞いてみた。第64回日本レコード大賞 優秀作品賞に輝いた「スターマイン」を始めとしたDa-iCEの楽曲はもちろん、Nissy(西島隆弘)、GENIC、FlowBackなどのアーティストの楽曲制作にも携わる彼が考える、宇多田ヒカルの偉大さとは。(取材・文=末﨑裕之)

聞いたことのない音楽を聞いた衝撃があった

Da-iCE・工藤大輝が語る宇多田ヒカル「“基礎”を全部作ってしまった」の画像2
写真/石田寛

――影響を受けたアーティストに宇多田さんの名前を挙げてらっしゃっていたこともあって、ぜひお話を伺いたいと思ったんですが、デビューした頃からずっと追っかけていたそうですね。

 そうです。デビューシングルの『Automatic/time will tell』からずっとCDを買ってましたね。当時はまだ8センチCDとマキシシングルの入れ替わりの時期で、8センチでもマキシでも出てたので、2枚買ってました。どっちも欲しくて。

――じゃあシングルもコンプリートして?

 買ってましたね。ほとんどの曲を歌詞カードなしで歌えると思います。

――まさにガチのファンですね。最初に宇多田さんを聴くことになったきっかけは何だったんでしょうか。ラジオとかテレビとか?

 何だったかなぁ……多分テレビとか? カウントダウン系の音楽番組とかまだいっぱいあった頃なので。そういうベタな入り方だったとは思いますね。R&Bが好きだった時期だったので、その時に、日本人がまだ誰もやってないようなスタイルでやってたのを見て衝撃を受けて。そこからハマっていきました

――当時工藤さんはまだ11歳とかぐらいだと思うんですけど、もうその頃から「ちょっとこの人は違うな」みたいな感覚があった?

 そうですね。聞いたことのない音楽を聞いた衝撃みたいのがあって。J-⁠POPも好きですし、USのR&Bとかも好きなんですけど、どっちも持ってる感じのアーティストがまだその時あんまりいなかったので。宇多田さんがその走りだと思ってます。

――その頃から洋楽のR&Bも聞いてたわけですか?

 ちょこちょこ聞いてましたね。一番ピークで聴いてたのは高校生の頃だったんですけど。自分は、EXILEさんとかCHEMISTRYさんとか、久保田利伸さんとかもそうなんですけど、日本でブラックミュージックをかっこいいと思ってやり始めた人たちが売れ始めた時の世代で。宇多田さんがデビューした当時はまだ小6か中1でしたけど、まだ15歳くらいの女の子がボーンと出てきて、編曲してる人がジャネット(・ジャクソン)とかもやってる人で、日本語の歌詞は歌詞でまた内容も素晴らしいしっていうので、「すごい人が出てきたな」っていう印象でしたね。

――ベタな質問ではあるんですが、宇多田さんの楽曲で「この1曲」となると何になりますか?

 それで言うと……「Addicted To You」はすごい好きです。2バージョンありますけど、いわゆるオモテ面の、UP-IN-HEAVEN MIXのほうが好きですね。『First Love』が何百万枚って売れて、シングルの「First Love」もすごい人気で、いわゆる日本人受けしそうなバラードでしたけど、その次のシングルであの曲調を切ってくるっていうことがちょっと衝撃でしたし、個人的に、バラードとかよりミッドとかアップテンポの曲のほうが好きだったので。あれだけ売れても全然スタンスを変えずに、ああいう曲調のものを出してくれるんだって感動して。めちゃくちゃ聴きましたね。

――ある意味一番R&B色が強かった頃ですね。

 そうですね、(シングルで)あそこから4~5枚くらいまではR&B色強かったので、そのへんが一番僕の好きな時というか、一番密に聞いた時ではありますね。

――その後、若干音楽性が変わっていって、R&Bから離れていくじゃないですか。自分はちょっとそれに戸惑ったんですけど、工藤さんはどうでした?

 正直、いちリスナーとしてはめちゃくちゃ戸惑いはありました。でもその変化にも理由があるというか、自分で打ち込みを始めてから変わるじゃないですか。それはそれで、宇多田さんの編曲のクセというか、好きな音色の好みがわかってすごいいいなって思った反面、『Distance』あたりの時の、いわゆる有名なUSのR&Bの編曲家とかが作ってる時のトラックも好きだったので、「もうこっち系やってくれないのかな」とか思った自分はいましたね。

――じゃあアルバムで挙げるとすると、やはり初期のあたりになります?

 『Distance』ですね。『DEEP RIVER』あたりから自分の手で完成させていくものが増えてきて、R&Bっていう括りではなくなってきたし、その時点でもう「宇多田ヒカル」っていうジャンルになってきた気がしてて。もちろんそれもかっこよくて好きだったんですけど。自分は入りとしてはR&Bからだったんで、『Distance』ですね。(1/3 P2はこちら

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