『バビロン』は『ラ・ラ・ランド』とは真逆な漫☆画太郎的ギャグ満載の傑作
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2月10日より映画『バビロン』が公開されている。
注目は、やはり『セッション』『ラ・ラ・ランド』『ファースト・マン』と立て続けに絶賛を浴びたデイミアン・チャゼル監督の最新作であること。ブラッド・ピットやマーゴット・ロビーなど豪華キャストも集結しており、第95回アカデミー賞では作曲賞と美術賞と衣装デザイン賞にノミネートされている。
だが、この『バビロン』の評価は、米批評サービスRotten Tomatoesで批評家支持率が56%にとどまるなど、かなりの賛否両論となっている。後述する作品の特徴を思えば、それも納得できる。しかし、筆者個人としてはチャゼル監督のぶっちぎり最高傑作が本作であり、間違いなく「絶対に映画館で観るべき」パワフルな映画でもあった。その理由を記していこう。
まさかの冒頭から繰り出される漫☆画太郎的ギャグ
まず、この『バビロン』はR15+指定大納得の過激な内容ということに触れておかなければならない。映画の序盤も序盤から、大きな象が「あるもの」をぶちまける様から「この映画はこういうものなんで!」と宣誓しているようだったし、その後も人によってはドン引きしてしまいそうな汚いギャグも繰り出される。
それらから連想したのは漫☆画太郎の作品だった。「少年ジャンプ」で連載していた頃は小学生男子が大好きな下ネタたっぷり、青年誌の時にはここで書くのがはばかられるほどのエログロを全開にし、時には「人の死」さえも不謹慎に扱ってしまう漫☆画太郎的なギャグセンスが、まさかハリウッドの大作映画で、ここまで全編にトッピングされるとは思ってもみなかった。
しかも本作は『ラ・ラ・ランド』の監督の最新作。そのような「おしゃれさ」「綺麗さ」とは真逆の過激なギャグの数々、さらに後述する猥雑な内容に、良くも悪くもびっくりする人は多いだろう。
ハリウッドの狂乱を189分かけて描く
そして、メインで描かれるのは1920年代の「黄金期」と呼ばれるハリウッドの「狂乱」。パーティーではセックスもドラッグもありありで大はしゃぎし、撮影現場では今では当然のコンプライアンスなどガン無視の進行がされていて、そのはちゃめちゃぶりさえも「ひどすぎて笑ってしまう」猥雑なブラックコメディに仕立てているのだ。
加えて、本作の上映時間はなんと189分。それだけで身構えてしまう長い長い上映時間であるし、実際にあまりのハイテンションぶり&過激さに疲れてもくるのだが、その疲労感もなんだか心地良い。何より、観終わってみればこれだけの長い時間をかけて、「どうかしている」様々な事象を見せてくれることに満足感があった。
同じく過激でインモラルで、約3時間の上映時間を駆け抜けるように見せてくれるエンターテインメントである『ウルフ・オブ・ウォールストリート』を思い出す方も多いだろう。
そんなふうにとんでもない内容ではあるのだが、「好きなことに情熱を捧げるが、そこには独善的な価値観があり、結果として失われるものがある」という、『セッション』や『ラ・ラ・ランド』にあったチャゼル監督の作家性が一貫しているというのも面白い。
ひどい子ども時代を過ごした実在の俳優から、役を理解できた
豪華キャスト陣が、一度観れば忘れられないほどクセが強いキャラクターに扮していること、それぞれにモデルとなる実在の人物が複数いて、「本当にあのハリウッドの黄金期にいた」と思わせるほどの存在感があることも見所。特に、マーゴット・ロビー演じる新進女優ネリーは強烈だ。
ネリーはとにかく役に対して「常に全力」で、映画界で躍進していくことに躍起になる、破天荒な人物。同時に、彼女の母親の姿や、言葉の端々から、これまでの人生に「負」の側面があることもわかっていくので、幸せになってほしいと心から応援したくもなる。
そのネリーのモデルとなったのは、サイレント映画時代の最大のセックス・シンボルのひとりであったクララ・ボウ。マーゴット自身、貧しく虐待を受けていた、ひどい子ども時代を過ごしたクララ・ボウの人生を知ったことで、自身のネリーという役柄を理解できたという。また、ネリーの登場シーンと、注目への渇望は、若きジョーン・クロフォードもモデルにしているそうだ。
狂乱の時代の変化に翻弄されていくクセの強いキャラクターたち
さらに、ディエゴ・カルバは他キャストからすれば比較的無名であるが、映画という夢に魅せられた、純粋な青年マニーを見事に演じている。彼のモデルのひとりは、1920年代のハリウッドで出世して最年少のスタジオ幹部となり、のちにメキシコ映画の黄金時代の重要な役割を担った、キューバからの移民レネ・カルドナだったという。
ブラッド・ピット演じるジャックは、世界で最も高い興行収入を稼ぐ俳優だ。だが、常に自信に溢れているというわけではなく、その内面では心のもろさや不安を抱えている。彼はサイレント映画時代の様々なスターを連想させる役柄であり、やはり実際に現代のスター俳優であるブラッド・ピットが演じてこその説得力と、豊かな人間性を感じさせる。
三者三様のキャラクターが「狂乱の時代の変化」に翻弄されていく様は、存分に感情移入がしやすくなっている。これまでのデイミアン・チャゼル監督作では、1人ないしは2人の主人公が「自分(たち)だけの世界に閉じていく」ことも特徴的だったが、今回は実質的に3人いる主人公で物語を動かしたことで、作家性の幅を広げたとも言えるだろう。
また、終盤に登場するカジノオーナーをトビー・マグワイアが演じていることにも注目だ。『スパイダーマン』シリーズの主人公と同じ人だとは到底思えないほどの、顔色の悪さやニヤついた笑みは、脳裏にこびりついて離れないほどのインパクトだ。
当時の「ひどさ」も含めて「映画」にする意図
もちろん、チャゼル監督が前述してきたような、コンプライアンスなどガン無視な撮影現場、ギャグのように人の死が扱われてしまう当時のハリウッドの狂乱を「良いもの」として描いているわけではない。むしろ、その当時の風潮を「ひどさ」をも存分に含めて「映画」にすることを主眼としていると言ってもいいだろう。そのことは、以下のようなチャゼル監督の言葉からもうかがい知れる。
「1920年代のハリウッドは、急激な、時には大変動とも言える変化を繰り返し、一部の人々は生き延びたが、多くは消え去った。最近の言葉で言うならば『崩壊』だ。こういった人々が経験してきたことを通して、当時ロサンゼルスに惹きつけられた多くの野心からもたらされる、人的犠牲を感じることができる」
「僕らはしばしば、この時代に起こった最も“過激”なことは、あたかも何杯かのマティーニを飲み過ぎたことであるかのように見てしまう。現実には、これらの人々は、産業と街がゼロから構築される無尽蔵な世界を動かしており、それはある種の狂気を必要とするんだ」
チャゼル監督は、そのような暗い側面が当時にあったからこそ、多くの新しい道徳規範が作り出され、1930年代の製作倫理規定に集約されていったとも語っている。はちゃめちゃな時代は、人々の野心と同時に狂気にも溢れ、後の映画界にもつながってもいるが、それはやはり「よくないもの」「犠牲を伴ったもの」なのだ。
その他にも、劇中には当時のハリウッドにモラルが欠如していたからこその「負」の側面がいくつも描かれている。ジョヴァン・アデポ演じる黒人のトランペット奏者がどのようなことを強要されるのか。はたまたブラッド・ピット演じるスター俳優がどのようなことを目の当たりにするのか。「サイレント映画の終わり」という時代の転換点を迎えるその時だからこその「ひどさ」が、やはり存分に提示されている。
さらに『バビロン』からは、そんな狂乱の時代を経た映画の歴史が、「今も脈々と続いていること」も思い知らされる。映画という娯楽であり芸術は、決して夢いっぱいの「よいもの」だけじゃない、その狂乱があってこその今もあるのだ……そのような映画への愛情、はたまた嫌悪までをもたっぷりと、189分の上映時間を使ってぶちまけた本作は、やはりチャゼル監督の最高傑作なのだと信じて疑わない。
『バビロン』
2月10日(金) 『ラ・ラ・ランド』監督が贈る“最高のショー”が始まる!
監督・脚本:デイミアン・チャゼル『ラ・ラ・ランド』
製作:マーク・プラット, p.g.a.、マシュー・プルーフ, p.g.a.、オリヴィア・ハミルトン, p.g.a.
製作総指揮:マイケル・ビューグ、トビー・マグワイア、ウィク・ゴッドフリー、ヘレン・エスタブルック、アダム・シーゲル
キャスト:ブラッド・ピット、マーゴット・ロビー、ディエゴ・カルバ、ジーン・スマート、ジョヴァン・アデポ、リー・ジュン・リー、P・J・バーン、ルーカス・ハース、オリヴィア・ハミルトン、トビー・マグワイア、マックス・ミンゲラ、ローリー・スコーヴェル、キャサリン・ウォーターストン、フリー、ジェフ・ガーリン、エリック・ロバーツ、イーサン・サプリ―、サマラ・ウィーヴィング、オリヴィア・ワイルドほか
全米公開:2022年12月25日(金)
原題:BABYLON
配給:東和ピクチャーズ
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