『100万回 言えばよかった』当初の不安を払拭する成功ドラマになった理由
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金曜ドラマ(TBS系夜10時枠)で放送されている『100万回 言えばよかった』は、ファンタジーテイストのラブストーリーだ。
美容師の相馬悠依(井上真央)は同じ里親施設で過ごした幼馴染のシェフ・鳥野直木(佐藤健)と結婚間近だったが、直木は突然、行方不明となる。捜索願を提出して直木を探す悠依だったが、ある日、刑事の魚住護(松山ケンイチ)が訪ねてくる。魚住は“幽霊となった”直木が悠依の側にいると伝える。
物語冒頭、悠依の家に直木がいる場面が描かれる。どうやら直木はデートをすっぽかし、連絡が取れなかったらしい。怒って掃除機をかける悠依に直木は話しかけるが、会話はどうにも噛み合わない。やがて、悠依には直木の姿は見えず、言葉も届いていないことがわかる。
つまり、この時点で直木は死んでいたのだ。しかし、幽霊となった直木は平然としており、自分が死んだことに気づいていない。直木の姿は普通の人には見えないため、いくら話しかけても意思疎通できない。
そんな中、実家が寺で霊感の強い魚住だけが直木の存在を認知する。直木のことを必死で伝えようとする魚住だったが、悠依は取り合おうとしない。しかし、魚住の身体に憑依した直木が、直木の得意とするハンバーグの味を忠実に再現したことで、悠依はやっと魚住の話を信じるようになる。
劇中では、悠依と話すことができない直木の間に魚住が入り、直木の意思を伝えようと試行錯誤する場面が繰り返し登場する。
そのため、井上真央、佐藤健、松山ケンイチの三人が同じ空間でやりとりする場面が多いのだが、三人のやりとりが面白く、ずっと見ていたくなる。
中でも芸達者なのが松山ケンイチ。悠依と直木の二人だけだと悲劇の色が濃くなり、井上と佐藤の芝居もシリアスで重たい方向に向かってしまうのだが、そこに松山が演じる魚住の飄々としたトーンが加わることで、空気が明るくなる。
事前情報で映画『ゴースト/ニューヨークの幻』を思わせる設定の幽霊譚だと知った時は、どうなるものかと不安だったが「幽霊になった男×幽霊が見えない女×幽霊が見える男」という面白いシチュエーションを作り出せた時点で、まずは成功だったと言えるだろう。
また、タイトルにある「100万回」とは、劇中に登場する佐野洋子の絵本『100万回生きたねこ』(講談社)から取られたものだろう。おそらく、絵本に登場する100万回生まれ変わった末に愛する人と出会う猫と、幽霊となった直木が悠依を見守る姿を重ねているのではないかと思う。
そんな直木と悠依のラブストーリーと同時進行で描かれるのが、魚住が捜査するマンションで女性が殺された殺人事件の謎だ。事件当日、直木はマンションの監視カメラに映っており、事件に関わっているのではないかと疑われていた。
本作は、表向きは現代の幽霊譚というファンタジーテイストのラブストーリーだが、背後で蠢く殺人事件や節々に挟み込まれる現代の子どもたちが直面する過酷な現実の描写は、とてもシリアスである。
第1話では、直木の働くレストランが月に一回「子ども食堂」を開いていたことがわかるのだが、第3話では、直木と両親の関係がうまくいっていないことが明らかとなり、家族の問題が物語の根幹にあることがわかってくる。
本作は緩急が極端で、悠依と直木の甘いやりとりにうっとりしていると、次の場面では残酷な現実を視聴者に突きつけてくる。この緩急は、脚本を担当する安達奈緒子ならではのバランス感覚だ。
2022年に連続テレビ小説『おかえりモネ』(NHK)が高く評価された安達は、現在もっとも面白いテレビドラマを書く脚本家の一人である。月9で放送された『リッチマン、プアウーマン』(フジテレビ系)のような、お仕事モノの恋愛ドラマを手がける一方で、『透明なゆりかご』(NHK)や『サギデカ』(同)のようなハードな社会派ドラマもこなす安達は、シリアスなテーマと甘い人間ドラマを両立させることで、独自の作風を打ち立ててきた。
NHKでのドラマがシリアスな社会派に傾くのに対し、民放で書くドラマは甘い部分のあるラブストーリーに寄せることが多い。TBSで書かれた『100万回 言えばよかった』は後者の作品に思えたが、物語はシリアスな方向に傾きつつある。
第4話では、直木の死体が発見され、「絶対に許さない」と悠依は哀しみに満ちた怒りを露わにする。直木は魚住を通して「大丈夫、オレいるから」と伝えるが「何言ってんの。死んじゃったんだよ!」と彼女の怒りは収まらない。そこで直木が悠依を抱きしめようとしても、幽霊なので身体に触れられないのが何とも切ない。
一方、事件当日、直木は里親施設で一緒に暮らした尾崎莉桜(香里奈)と会う予定だったことが明らかとなる。莉桜は正体を隠して悠依に接近するが、直木を殺したのは彼女なのか?
幽霊譚のラブストーリーと社会派ミステリードラマという真逆の物語が、どのように結びついていくのか楽しみである。
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