『大奥』が描く“社会のグロテスクさ”と、NHKドラマ版が際立たせる女性将軍の生き様
#NHK
NHKドラマ10で放映されている『大奥』が話題である。
ある伝染病がきっかけで男女逆転した江戸幕府を、家光の代から幕末まで描いた物語である。『きのう何食べた?』などで知られる漫画家・よしながふみによる原作は、最終巻刊行後に日本SF大賞を受賞するなど、SF作品としても評価が高い。
原作は全19巻と長大だ。原作のどのエピソードがドラマ化されるのか、全貌は未だ明らかにはなっていない。が、原作のエピソードを全てドラマに反映していては、尺が足りないのは明らかである。どんな改変がなされているか、注目しながら視聴する原作ファンも多いだろう。原作を既に読んでいる筆者もそのひとりだ。
『大奥』に登場する将軍の姿は、国の存続のために据えられた女性たちである。そして将軍に仕える大奥の男性たちもまた、なかば強制的に、将軍の子を産むため「大奥」という場所で生きることを義務付けられる。この物語は、男女逆転した大奥を描くことによって、むしろ男女という性別に拠らない、「大奥」という場所そのものの悲劇を描いているのである。まだドラマには登場していない場面だが、『大奥』の後半にはたとえば権力をほしいままにし、さまざまな他人たちを蹴り落とす女性将軍の在り方も見える。あるいは子を産まずに養子をもらおうとする女性同士の婚姻も描かれる。つまり『大奥』という物語は、男性だから女性だからと性別に関係なく、「子どもを産むことを強制する社会」というもののグロテスクさを浮き彫りにしているのだ。
ドラマ版第2話から登場する家光は、女性としての尊厳を奪われ、将軍という地位に就かざるを得なかった少女である。春日局は、江戸幕府という場所を守るために、まだ少女だった家光へ将軍になるよう命じる。
注目すべきは、春日局が女性である、という点だ。男女逆転の物語ならば、たとえば春日局は男性で、この悪い男性によって家光は悲劇の少女となった……という物語にしてもいいはずなのだ。しかし『大奥』は、決して男性に強制された女性の悲劇ではない。男女逆転の仕組みは春日局という女性がスタートさせたのだ。――ここに『大奥』という物語の奥深さがある。
女性が将軍となり、若い男性たちが大奥という場所に集い、そして江戸幕府を創り上げる。一見、その世界観は「女性だって将軍になることができる」というメッセージを提示したいように思える。だが違うのだ。この物語は、「将軍になるのが男女どちらの性別であろうと、『血縁のある子どもしか将軍を継ぐことができない』というルールがある限り、『大奥』が悲しい地獄のような場所であることに変わりはない」という、血縁の悲劇を描いた物語なのである。だからこそ、ドラマ版でも有功は大奥を「ここは修羅や」と述べる。
ドラマ版『大奥』は、話数の都合上さまざまなエピソードの改変を行いながらも、このメッセージを細やかに伝えている。むしろ原作よりもエピソードが少ない分、大奥に入れられた男性の悲劇よりも、女性将軍たちの生き様を描くことを優先している印象すらある。たとえばドラマ版では、将軍・吉宗(冨永愛)が馬に乗るシーンを追加したり、有功(福士蒼汰)の還俗のエピソードを削り家光(堀田真由)の過去のエピソードを丁寧に描くなどの工夫がなされていた。そのような改変は女将軍のキャラクターを際立たせる。そして視聴者にとっても、女将軍たちの生き様がより伝わりやすくなっているだろう。
第2話以降の家光編においても、大奥に連れて来られた有功側の物語よりも、家光のエピソードのほうが丁寧に描かれている印象がある。それはドラマ版の制作者たちが、おそらく「将軍にならざるを得なかった女たちの悲しみを見せる物語」としてこの物語を認識しているからではないだろうか。
今後、家光が将軍として覚悟を決め、そして暴君として歴史に名を馳せる綱吉(仲里依紗)の物語が始まる。さらにその後、原作で描かれた、治済篇や幕末篇といったエピソードはどのように描かれるのか。そして大奥の悲劇は最終的にどのような形で視聴者へ伝わるのか。原作ファンとしても、今後を楽しみに待ちたい。
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