コロナ禍における最悪のIF?静かな地獄を描く映画『ピンク・クラウド』の恐ろしさ
#映画 #ヒナタカ
1月27日より、ブラジル映画『ピンク・クラウド』が公開されている。本作は、「触れると10秒で死んでしまうピンク色の雲」が現れたことにより、外に一歩も出られず部屋の中でしか生きられなくなる人々の姿を追った「ディストピアスリラー」だ。
現実のコロナ禍とのシンクロは偶然
言うまでもなく、劇中の状況が新型コロナウイルスが蔓延した現実の世界を連想させるわけだが、実はこれは偶然の一致。冒頭のテロップから「本作は(脚本が)2017年に書かれ、2019年に撮られた」とはっきりと書かれているのだから。
イウリ・ジェルバーゼ監督によると、編集作業に入っていた2020年の初めごろにパンデミックが現実となり、スタッフ一同は撮ったばかりの映画の中で暮らしているような、とても不思議な感覚を味わっていたのだそうだ。
ゾンビ映画『CURED キュアード』やNetflix配信の『ドント・ルック・アップ』など、コロナ禍の世界を連想させる映画は数多い。『ピンク・クラウド』はその中でも、「こうなってしまうんだろうな」と思える説得力が、後述する理由で群を抜いていた。
そして、良い意味で「静かな地獄」を体感できる映画を求める方に、強くおすすめできる内容でもあった。さらなる特徴と魅力を記していこう。
感情の変化が「歪み」として表れる
メインで描かれているのは、「一夜だけの関係だったはず」の男女の日常。つまり、さっきまで他人だった2人が、同じ住まいに引きこもることを余儀なくされるのだ。
それだけでなく、友人の家から帰れなくなった年の離れた妹、主治医と共に閉じ込められた年老いた父、自宅に一人きりの親友などと、オンラインで連絡を取り合う生活が描かれていく。親しい者たちのリモートでのやり取りや、VRでの共同体験が描かれる様は、まさに緊急事態宣言やロックダウンがされた現実の世界そのものに見えるだろう。
イウリ・ジェルバーゼ監督は「終末」を題材にした映画によくある、生存競争が日常と化して人々がぶつかり合う様にはあまり惹かれず、脚本を執筆するに当たって何よりも関心を寄せたのは「キャラクターの感情の変化」だったという。
確かに、劇中で激しい対立や憎しみの感情は、それほど表立っては描かれない。だが、同じ場所で長い長い時間を共有し、その最中で後述するような意見の相違も生まれて、妥協もしていくため、彼らの感情の変化は「歪み」となって、じわじわと見えてくるようだった。
劇中の大部分は会話劇であり淡々と展開しているが、その裏に隠された感情を想像すると、よりスリリングに観られるだろう。
閉鎖的な空間での「性」が生々しく描かれる
初めこそ、楽天的にこの状況を考えている者もいるが、やはり静かな地獄はゆっくりと、しかし着実に進行していく。中でも生々しく「こうなってしまうんだろうな」と思えるのは、「性」についての問題だ。
例えば、一夜だけの関係のはずだったカップルは、ずっと一緒に暮らすことを想定し始める。だが、片や子どものいる家庭を望み、片や他人に縛られない自由な生き方を望むという意見の相違がある。
つまり、性行為に欲望だけではなく、家族の「未来」を見据えた意志も込められているというわけだが、それがまた生活や互いの関係にやはり歪みをもたらしてしまう。さらに、年端もいかない少女である妹もまた、逃れられない環境で性の対象とみられていることも判明する。
ずっと外に出られない者たちが同じ場所にずっといれば、性欲をぶつけられたり、はたまたゆっくりと精神をすり減らしていく……その様は下手なホラーよりも恐ろしい。性にあけすけな話題やシーンもあるためPG12指定がされているが、間違いなくその静かな地獄を描くためには必要なものだった。
雲の色をピンクにした理由
劇中の触れると10秒で死ぬ雲の色が薄いピンクなのは、イウリ・ジェルバーゼ監督によると「魅力的であり、一見すると無害に思える色」 で、かつ「ピンクが女性と結びつけられる色でもある」ことが理由だったという。
そのピンク色は、劇中の主人公の「社会が求める女性像に従って生きるしかない」「自分の欲望を抑えて家事に励むという生き方しかない」などという、フェミニストとして内的葛藤を続ける息苦しさにも通じているのだそうだ。
確かに、「ピンクは女の子の色」という固定観念はある。劇中のロックダウンの状況が、「女性は家にいるもの」といった旧態依然とした考えを助長しているように思える場面もある。本作は前述した性の問題も描きつつ、逆説的にフェミニズムのメッセージを提示していると言っていいだろう。
「コロナ離婚」すらできない地獄
コロナ禍の初期に、「コロナ離婚」の増加が話題になったことがある。夫婦が一緒の時間を過ごすことが多くなり、一人の時間がないだけでなく、家事の分担の格差によるストレスや、やはり意見の相違などによって、不仲になったあげくに離婚するというケースが取り上げられたのだ。
もっとも2023年の今では、むしろコロナ禍を経て夫婦仲は良くなったという意見も多く、コロナ離婚はあまり話題にならなくなった。だが、それは外出はちゃんとできる、アフターコロナ時代に人々が順応した結果だろう。
だが、この『ピンク・クラウド』の劇中では、ロックダウンがずっと続いていくため、(そもそも夫婦ですらない一夜限りの関係のはずだった)カップルは離婚や別居はもちろん、一時的に離れることすらできないという状況なのだ。
そして、それがいつまでも続いていく、終わらないと悟ってしまうとしたら……そんなコロナ禍のその先にあったかもしれない最悪な「IF」を、この『ピンク・クラウド』は見せてくれる。そして、この静かな地獄をとことん体験することで、相対的に現実の今の幸せを感じたり、より良い選択のためのヒントを得ることには、確かな意義があるはずだ。
『ピンク・クラウド』
1月27日(金)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開
監督・脚本:イウリ・ジェルバーゼ
出演:ヘナタ・ジ・レリス、エドゥアルド・メンドンサ、カヤ・ホドリゲス、ジルレイ・ブラジウ・パエス、ヘレナ・ベケル
【2020年/ブラジル/ポルトガル語/103分/シネスコ/5.1ch/カラー/原題:A NUVEM ROSA/字幕翻訳:橋本裕充】
配給・宣伝:サンリスフィルム
<PG12>
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