ドリフのコントは後継者がいない?志村けん「ひとみばあさん」に見る“狭間の演技”
#志村けん #ザ・ドリフターズ #檜山豊
1956年(昭和31年)に結成されたバンドグループで、1969年以降、主にコントグループとして活躍した「ザ・ドリフターズ」。1960年代後期から「8時だョ!全員集合」(TBS系)や「ドリフ大爆笑」(フジテレビ系)などのテレビ番組に出演し、1974年に志村けんが正式メンバーとなってからはその人気に拍車がかかり、1980年代前期にかけて「ザ・ドリフターズ」は全盛期をむかえ、国民的お笑い集団として一世を風靡し、絶大なる人気を誇った。
あまり知られていないが、バンド時代を含めてかなりの人数が加入、脱退を繰り返しており、正メンバーとして発表されることはないが、幻の6人目のメンバー「すわ親治」さんのような付き人は相当数いたと言われている。
リーダーのいかりや長介さんが亡くなった2004年以降は新メンバーは加入させず4人構成になり、2020年に志村けんさんの他界により3人構成、そして2022年に仲本工事さんが他界してからは、加藤茶さんと高木ブーさんの2人構成となっている。
全盛期にテレビで視聴していた身としては、現在の2人構成の「ザ・ドリフターズ」を見ると、もうあの頃のドリフには会うことは出来ない、ドリフが構築したテレビコント、舞台コントがいつか消え去ってしまうという思いでいささか切なくなってしまう。
ドリフの正メンバーが増えることのない今、ドリフが作り上げたドリフならではの“笑い”は後継者がおらず、今のままでは間違いなくドリフの“笑い”が風化してしまう。
何とかしてドリフの笑いを後世に残すことは出来ないか。何とかしてドリフ流の笑わせ方を今後のお笑い界に継承出来ないものか。これはお笑い界全体の問題提起であり、何としても叶えなければいけないお笑い界全体の悲願である。
そんな思いから出来たであろうテレビ番組がある。それはフジテレビ系で放送されている「ドリフに大挑戦スペシャル」シリーズだ。これまで2021年9月に第一弾、2022年に第二弾と2度に渡り放送されてきたドリフトリビュート番組の第三弾が、2023年の1月1日に「ドリフに大挑戦 あけましていい正月だなスペシャル」として放送されたのだ。
これまで同様、ドリフ愛に溢れた芸能人が出演し、全員集合で繰り広げられていたドリフの真骨頂である「公開収録コント」にも挑戦した。テレビ局の垣根を越えて客前コントを披露し、さらに元旦の番組で、しかも4時間放送のスペシャル番組。フジテレビ自体もドリフ愛が溢れている。
前回、ドリフに大挑戦スペシャルの第二弾のレビューでは、参加している芸人とドリフの面々の違いは「芸人かコメディアンかの違い」という内容で書かせてもらったが、今回は第三弾を見て元芸人目線で分析し、また違った視点で見えてきた部分があるので、その辺りをレビューさせていただく。
第三弾は先述した通り「8時だョ!全員集合」で披露されていたお客さんの前で生でコントをする「公開コント」といかりやさんが牧師になり、ドリフのメンバーにゲストを交えて早口言葉を繰り広げていく「少年少女合唱団」の音楽コントにも挑戦していた。
今回の音楽コントは、従来のリズムに合わせて早口言葉を繰り出す馴染みのリズムネタから、楽器の「カズー」を使い“聖者の行進”を演奏するというものもあり、音楽コントに出演している芸人が全員参加して演奏していた。芸人が演奏するということもあり、それぞれが笑い所を作ろうとしてかなり苦戦しているように見えたが、そもそもこのコントは楽しく演奏するということが根幹にあり、ボケるというより如何に楽しめるか、如何に音楽に乗って演奏できるかを重要視しているので、ドリフの場合大喜利のそれとは違うのだ。
それもこれも「ザ・ドリフターズ」自体がバンド出身であるということが大きく、ノリに上手く乗って演奏している姿を見せるのも、笑いを起こすことと同じくらい大切なパフォーマンスであり、それだけでも十分楽しめるのだ。この音楽のノリで楽しみながら笑いを起こすというのは、ミュージシャンと芸人を融合した「ザ・ドリフターズ」ならではと言えるパフォーマンスのひとつだ。
さてここからは公開コントやもしもシリーズなど、笑いに特化したコントについて分析していく。
この「ドリフに大挑戦スペシャル」を見た感想で最も多いのが「元のコントの方が面白い」というものだ。これは単純にドリフが好きで、ドリフの面々がやっているコントだから面白く感じるというものではなく、挑戦している芸人とドリフターズのメンバーが根本的に違うから仕方のない事なのだ。
前回のコラムでも書いたが、ドリフターズは芸人ではなくコメディアンだ。ネタではなく喜劇を演じる俳優なので、役の作り方、笑いの取り方がそもそも違う。
芸人というのは、どれだけ自然に演じたとしても無意識に誇張してしまうものである。例えば女性を演じるとき、必要以上に女性らしくしたり、老人を演じるときは、露骨にヨボヨボさせてしまう。それは少しでも笑いを起こしたいという芸人の性であり、芸人にとっては当たり前のことなのだ。
しかし、ドリフターズの面々は必要以上のことはしないのだ。女性を演じているときでも口調は女性なのだが声の出し方は素のままだったり、お年寄りを演じるときも年相応のヨボヨボ加減にするのだ。
志村さんのお年寄りを思い出してほしい。かなりヨボヨボで、耳も遠い。『ひとみばあさん』に関しては、息をするタイミングで声が漏れてしまうほどだ。これだけ聞くと芸人のように誇張していると感じてしまうかもしれないが、誇張しているわけではなく、そのヨボヨボ具合が自然に思えるまで年齢設定を上げているのだ。
つまり、志村さんが演じている「ひとみばあさん」が実際に存在していたのなら、息をするタイミングで声が漏れてしまうばあさんで、そこに違和感はないはずなのだ。息をするタイミングで声が漏れる年齢でもないのに声を漏らすのが“芸人の誇張”で、声が漏れても違和感がない年齢の女性を演じるのが“コメディアンの芝居”なのだ。
もちろん女性や年寄りをリアルに演じているというわけではない。その役になりきり、その役の人が何をしたら笑いになるかを考えて、それを演じている。つまりリアルとコントの狭間の演技こそがドリフターズのコントであり、ドリフの笑いなのだ。
今回挑戦したコントの中に、修学旅行で先生の目を盗んで部屋を脱出するというコントがあった。先生役はカンニングの竹山さん。こういったコントの場合、生徒を怒る位置にいる先生をやる際に“怖い先生”を演じることが多い。理由としては、怖い先生はすぐに怒るイメージがあり、生徒たちも恐怖の対象として見ていることが多いので、先生側も生徒側も演じるのが容易なのだ。
では、ドリフの場合はどうだろうか。こういった先生を演じるのは大抵いかりやさんだ。いかりやさんももちろん怖い先生に見えるのだが、いかりやさんの演技プランは決して怖い先生ではなく、たぶん厳しい先生なのではないだろうか。怖い先生と厳しい先生は大きく違い、いかりやさんが演じる先生には生徒に対する優しさや愛情を感じることが出来る。
なので生徒が先生にいたずらする際に、竹山さんの場合は生徒に共感し爽快な気持ちになるが、いかりやさんの場合はすこし「かわいそう」に見えるのだ。生徒にはその優しさがわかってもらえず嫌われてしまう、厳しい先生の宿命だ。そこまで深く演じられているのは、いかりやさん本来の優しさとリアルとコントの狭間を演じているからではないだろうか。
さらに、知識量も今の芸人たちとは大きく違う。コントで忠臣蔵をした際に、加藤茶さん扮する浅野内匠頭が切腹をするシーンがあるのだが、加藤さんは短刀が置いてある三宝を自身の腰にあてがうのだ。何気なく行ったこの行為は切腹の作法であり、コントでわざわざやるようなことではないのだが、この辺りの知識もコントにリアリティを出すためには重要なことであり、今の芸人には出来ない所作なのではないだろうか。
所作についてもうひとつ違いが見て取れた。それは“体の使い方”が違うということ。役者は今自分がどういう動きをしているか、どういう風に見られているかを客観視し、それを体現することも表現の一つとして研究している。それに対し芸人は面白い部分に注視させようとする為に、それ以外の部分にあえて隙を作るのだ。変顔をしているのならば顔だけに、変な動きに注目させたいのなら動きに特化した見せ方をする。
しかし、ドリフターズの場合は役者の如く全身に意識を持たせつつ、芸人のように面白い部分に注視させるのだ。つまり役者と芸人のハイブリッドといったところだろう。面白い顔をしているのに体に隙がない。変な動きをしているのに変顔だし、同時に変な声も出す。全身を使って笑いを起こすのだ。この方法は公開収録などのコントですることが多い。公開収録はテレビコントのようにカメラがアップになり、この部分を注視してくれという説明がないので、常にお客さんに全身を見られている状態だ。なので隙をなくす演技が生まれたのだろう。
僕が思うドリフ演技の神髄は“キャラクターがリアルとコントの狭間におり、あざと過ぎず、喜怒哀楽が全部やり過ぎず、全身に意識があり、隙がない”といったところではないだろうか。
マニアック過ぎてわかりづらいかもしれないが、今回出演した芸人でいうと、「シソンヌ」のじろうさんくらい演技力がないとドリフのコントは出来ないレベルということだ。笑いがない演技でも通用するほど芝居に精通していなければ、ドリフを継承するのは難しい。
僕としては芝居に定評がある東京03の飯塚悟志さんや、ネルソンズの和田まんじゅうさん辺りがドリフのコントに挑戦する姿を見てみたい。
ちなみに今回の雷様コントに加藤さんとすわ親治さんが出演したのは感動した。
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