GG賞3冠!『イニシェリン島の精霊』はオジサン同士の泥沼離婚劇!?
#稲田豊史 #さよならシネマ
突然優しくなった妻
夫にしてみれば、関係が悪化したまま破綻するなら、まだ諦めもつく。しかし往々にして世の夫たちは、その後の妻の態度に翻弄されることになる。
『イニシェリン島の精霊』のあるシーン。パードリックは公衆の面前で、警官から理不尽に殴り倒される。あまりに惨めなパードリック。すると、それを見ていたコルムが無言でパードリックを起き上がらせ、馬車に乗せて帰途に同行してくれる。
当然ながらパードリックは思う。「あれ? 許してくれたのかな? 仲直りできたのかな?」しかし、そんなことはない。相変わらずコルムは冷たい。説明もしてくれない。パードリックは戸惑う。心の声は「どっちやねん!」だ。
これも、離婚が決まった夫婦あるあるだ。以下はBさんのケース。
夫婦関係が悪化して数ヶ月に及ぶ離婚の話し合いが続く中、Bさんの妻はBさんに対し、恐ろしい罵詈雑言メール(まだLINEがない時代の話)を何通も送りつけた。Bさんの人生や仕事、果ては親子関係に至るまでがクソミソに言われ、すべての言葉に人格否定の強い言葉が差し込まれていた。生真面目なBさんはそれらを真正面から受け止めてしまい、心療内科に通うことになったそうだ。
それでも、なんとか離婚は決まった。財産分与や各種事務手続きの関係上、離婚届を提出するまでに3ヶ月を要したが、Bさんの妻は早々に家を出て一人暮らしをスタート。気詰まりから解放されたBさんだったが、事務手続きプロセスに入ったタイミングで、妻からのメール文面が豹変する。
「心療内科に通っていたと聞きました。大丈夫ですか。栄養のあるものを食べてしっかり睡眠を取ってください」「私はあなたの人生に良くない影響を与える人間でした。その点は申し訳ないと思っています」
「他人」に振り向ける博愛精神
Bさんは混乱した。以前の妻はメールで「私と同じくらい不幸になれ」「あなたの『俺は弱ってます』アピールが不快」などと、さんざん攻撃してきた。なのに、この豹変は一体なんなのか。
離婚成立からしばらくして、Bさんにはようやく理由がわかった。
かつて妻が自分を罵っていたのは、妻の人生がBさんの人生と、「夫婦」であるがゆえに渾然一体となっていたからだ。Bさんの人生の気に入らない部分は、自動的に自分の人生のキズとなる。我が事だけに、細部にまでダメ出しせずにはいられない。
しかし離婚が決まってしまえば、妻にとってBさんは「他人」だ。純粋に、憔悴している他人のBさんを心から「心配」できるし、自分との今までの関係性を冷静に評価できる。もちろん復縁する気はない。
同じように、コルムが殴られてボロボロになったパードリックを助けたのは、街で見かけた捨て猫に温かいミルクを買ってやったのと同じ、博愛的思いやりの結果にすぎない。勘違いしたパードリックが悪いのだ。
男は、ただの親切を好意と取り違える。落とした消しゴムを拾ってくれた隣の席の女子を妙に意識してしまう中学生男子のメンタリティは、人によっては一生続くのだ。
サイゾー人気記事ランキングすべて見る
イチオシ記事