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日刊サイゾー トップ  > 『どうする家康』は大河の伝統を覆す?
歴史エッセイスト・堀江宏樹の「大河ドラマ」勝手に放送講義

『どうする家康』は大河の伝統を覆す野心作に? 瀬名姫の設定における史実との違い

瀬名姫はまたしても「悪女」ではない?

『どうする家康』は大河の伝統を覆す野心作に? 瀬名姫の設定における史実との違いの画像2
ドラマ公式サイトより

 「桶狭間の戦い」に至るまでの家康の人生を史実で振り返ると、今川家の人質となる前から苦労続きだったようです。家康はわずか3歳で母・於大の方と生き別れになっており、6歳で今川家の人質になりますが、(一説に金に目がくらんだ)義理の祖父・戸田康光に裏切られ、人質として織田家に売り飛ばされています。紆余曲折の末、当初の予定どおり今川家の人質の立場に戻りましたが、その後は生まれ故郷の岡崎に里帰りすることもあまり許されぬまま、15歳で元服、16歳で最初の正室となる瀬名姫(義元の養女)と結婚させられるという、自由のない生活を送ったわけです。家康は日本史きっての苦労人とされますが、その呼び声にふさわしい経歴といえるでしょう。

 ただ、ドラマの設定と史実に大きな違いがあることが、すでにいくつか確認できます。脚本の古沢さんいわく「歴史上の人物なので、一般的に思われているイメージがあると思うんですけれども、一回そういうものは全部外して、先入観にとらわれずに人物をつくっていこう」とのことで、かなり野心的な読み替えがありそうです。

 たとえば、ドラマでは今川義元は「太守さま」と「さま」付けで呼ばれ、家康が心から尊敬する、「王道」をいく人物として描かれているようですが、『御実紀』では「義元」と呼び捨てにされています。同書の世界観からすれば義元は、江戸時代において「神君」にほかならぬ家康公を、恐れ多くも長年にわたり人質にしていたというだけで悪人扱いなのでしょうね。脚本の古沢さんいわく「家康から見たらおそらくこういう人物に見えていたろうなというのを手がかりにつくっていってる」ということですから、「太守さま」呼びは、当時の家康から見た義元像ということなのでしょうか。

 それ以上に気になったのは、家康最初の正室で、今川義元の養女である瀬名姫(後の築山殿)です。ドラマでは「心優しい姫」として描くようで、これは大胆な読み替えとなりそうかな、と思われました。というのも、歴代徳川将軍にまつわる女性についてまとめた史書のひとつ『柳営婦女伝系』において、瀬名姫は「無類の悪質嫉妬深き婦人」……つまり「非常に性格が悪く、嫉妬深い女性」と酷評されているからです。

 瀬名姫といえば、近年の大河では、2017年の『おんな城主直虎』で菜々緒さんが演じた「瀬名」の記憶がまだ新しいですが、『直虎』では、今川家の人質ではなくなった後でさえ、家康(阿部サダヲさん)にとって「頭の上がらない妻」として描かれていました。『どうする家康』では、「瀬名」役の有村架純さんによると、「悪女とは真逆の、とても穏やかで家康さんをそばで支えるあたたかい女性、愛情深い女性」として描かれるそうです。

 これは歴史好きには常識なのですが(あまり歴史に詳しくない方には多少のネタバレになってしまいますが)、後年の家康は、織田信長から圧力をかけられた末に瀬名姫を見捨てています。彼女は命まで奪われてしまうのですが、それこそこの場面を、まさに「どうする」という悲劇の選択として際立たせるために、瀬名姫をあくまで心優しい存在としてドラマでは描こうとしているのかな、とも思われました。

 瀬名姫には、家康が手を出し、妊娠もさせた侍女(のちの側室・於万の方)を庭木に縛り付け、自らの手で折檻したという逸話も存在しています。あくまで逸話ですけれど、そういう「悪女」瀬名姫ならともかく、「心優しき姫」瀬名姫なら、彼女を見捨てる主人公・家康こそが悪役となってしまうはずで、このへんの見せ方は脚本の古沢良太さんのお手並み拝見といったところでしょうか。

 正室と側室といえば、『どうする家康』では真正面から側室との恋愛が描かれるようですね。これも近年の大河では画期的といえることかもしれませんが、家康はその生涯で2人の正室と15人もの側室を持っているので、その華麗なる女性遍歴は隠そうとしても隠せるものでもありません。

 家康が側室にした女性の大半が経産婦で後家(=未亡人)という特色があり、それゆえに「家康は熟女好き」などといわれたりしますが、49歳の家康は突然、お梶という13歳の“少女”を側室の列に加えました。それ以降は一人の例外を除き、十代の“少女”だけが側室になっています。当時は、初潮を迎えてすぐ、つまり10代中盤くらいには最初の結婚をするのが武家の女性の通例だったので“少女”という書き方をしましたが、それでも13歳はかなり若かったほうではないでしょうか。

 脚本の古沢さんいわく「彼(=家康)自身の腹のくくり方とか、頭の良さとか、そして周りに助けられたりとか、そういうことで何とか生き延びていった人物として描いたらドラマの主人公としてこれ以上ないぐらいふさわしい、面白い主人公」とのことですが、家康は女性関係から見ても、かなり「面白い主人公」といえるのではないでしょうか。

 昨年の『鎌倉殿の13人』以上に展開が読めない『どうする家康』。初回の放送をドキドキしながら見守りましょう。

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堀江宏樹(作家/歴史エッセイスト)

1977年、大阪府生まれ。作家・歴史エッセイスト。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。原案監修をつとめるマンガ『La maquilleuse(ラ・マキユーズ)~ヴェルサイユの化粧師~』が無料公開中(KADOKAWA)。ほかの著書に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『本当は怖い江戸徳川史』(三笠書房)など。最新刊は『日本史 不適切にもほどがある話』(三笠書房)。

Twitter:@horiehiroki

ほりえひろき

最終更新:2023/02/21 11:35
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