ウエストランドの漫才は結局「誰を傷つけた」のか?
#M-1グランプリ #檜山豊
12月18日に行われた「M-1グランプリ2022」。エントリー総数7261組の中で見事大会を制し、頂点に立ったのは「ウエストランド」だった。
大会を見る限り、お二人の実力や経験値、そして当日のネタの順番や笑いの量を踏まえてとても妥当な結果だとは思うが、世間的にはどうやら意外な優勝だったようだ。
それもそのはず、ウエストランドさんの笑いは別名「悪口漫才」「毒舌漫才」とも言われており、人を傷つけて笑いを取るような印象で、2019年にぺこぱさんが巻き起こした”誰も傷つけない笑い”とは対局の位置にいる。
お笑い業界は今、誰が見ても“誰も傷つけない笑い”を推奨しており、ぺこぱさんの理念はまさに、今の優しい時代にフィットし、一大ブームとなった。しかしあれから3年経った2022年はあの頃の傾向と逆行した人の悪口を言い、人を傷つける笑いが頂点を極め、まるでお笑い界が、厳しくなったコンプライアンスなどによるがんじがらめの、現代お笑いへ反旗を翻したかのように見えなくもない。
しかしこれは時代に反発しているわけでも、お笑いとしての原点回帰をしているわけでもなく、ウエストランドさんの技術が凄いというだけの話なのだ。
皆さんは「M-1グランプリ2022」でウエストランドさんが披露した漫才を見ただろうか? もしご覧になった方がいたら問いたい。ネットで言われているように「悪口漫才」や” 誰かを傷つけて笑いをとっている”ように見えたのかどうか。
僕には決してそうは見えない。
もし誰かが傷つくような発言を「悪口」や「毒舌」というのであれば、ウエストランドさんは間違いなく「悪口」も「毒舌」も言っていない。語気の強さ、言葉選び、抽象的なものへ対しての偏った考えは、たしかに見ようによっては「悪口」や「毒舌」のように見えるかもしれない。ただ少し距離を置いて冷静にネタを見たときに、具体的に誰か傷ついた人がいるのか? 誰かを吊るしあげて笑いを取ったのか? たぶんいない。たぶん誰も傷ついていない。仮にウエストランドさん自身が自分たちのネタを「悪口」や「毒舌」だと言っていたとしても、僕にはそう見えないのだ。
これは「いじり」を漫才の中に取り入れただけなのだ。「いじり」というのは、「いじめ」との境界線がとても曖昧で、技術がないものがその技を使うと「いじめ」になってしまう可能性がある。たとえ芸人であったとしても、この手法はとても扱いが難しく、タイミングを間違えると笑いを起こすことすらできない、諸刃の技術だ。
ウエストランドさんはこの「いじり」を自分たちなりに極め、そして漫才に入れて独自の形を作り「ウエストランド」にしか出来ない唯一無二の漫才を造り上げたのだ。しかも良く見ると、あれだけ独断と偏見でセリフを作っているにも関わらず、誰も傷つけないシステムに仕上がっている。さらに具体的に名前を出さないようにし、より人を傷つけない為に細心の注意を払っている。
もし誰かを傷つけていたり、本当の悪口になっていれば、今の時代を背中に感じている審査員たちはウエストランドさんに軍配を上げる事はないはずだ。つまり世間体や現代のルールに則った笑わせ方を踏まえても、ウエストランドさんは決勝戦に残った芸人の中で一番面白く、なるべくしてチャンピオンになったというわけだ。
ただ勘違いして欲しくないのは、だからと言って万人受けするネタだと言っているわけでは無い。「いじり」というのは人を選ぶ笑わせ方であり、もし誰も傷つけていなくとも、抜群に面白かったとしても「いじり」というだけで嫌がる人もいる。さらに口調やワード選びも、どうしても攻撃的に見えてしまうので、温和で平和な笑いが好きな人は嫌悪するだろう。
つまり、ウエストランドさんの漫才は好き嫌いが分かれるネタだということは十分理解しており、平和な漫才でないこともわかっている。そのうえであの漫才は「悪口漫才」かもしれないが決して「誰かを傷つけて笑いを取る漫才」では無いということだ。
あまりにも当たり前のことなので「そんなのわかってるよ」と言われてしまうかもしれないが、勘違いしている人たちに対して、どうしてもその本質を伝えたくてこのコラムを書かせていただいた。
「M-1グランプリ2022」を制したウエストランドさんは、「いじり」を極めた漫才師であり、歴代のチャンピオンたちとも実力はたがわない、今もっとも日本で面白い漫才師ということだ。
本当にお笑いは奥が深い。
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