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『エルピス』というドラマ自体がパンドラの箱だったのか?最終回は希望か災厄か

『エルピス』というドラマ自体がパンドラの箱だったのか?最終回は希望か災厄かの画像1
「エルピス公式サイト」より

 『エルピス ―希望、あるいは災い―』(カンテレ・フジテレビ系、以下『エルピス』)がついに最終回を迎える。

 フジテレビ系列の月曜夜10時枠で放送されている本作は、深夜のバラエティ番組「フライデーボンボン」の若手ディレクターの岸本拓郎(眞栄田郷敦)と、スキャンダルで転落した女子アナウンサーの浅川恵那(長澤まさみ)が、12年前に起きた連続殺人事件の冤罪疑惑に挑む物語だ。

 犠牲者の足跡をたどり、遺族の証言を聞いて、事件の全貌を改めて検証し直していく浅川と岸本は、当初、被疑者として浮上したが途中で容疑者から外れた青年が、元警視庁長官で副総理大臣の大門雄二(山路和弘)と結びつきのある本城建設社長・本城総一郎の長男・本城彰(永山瑛太)だったことに気付く。

 大門は警察に圧力をかけて、松本を犯人に仕立て上げたのか?

 本作は2018年から始まるのだが、3.11の福島第一原発の爆発事故から東京オリンピック・パラリンピック開催へと向かっていく2010年代の日本の政治状況が、冤罪事件の背後で蠢く不気味な現実として語られる。

 第1話では、テレビ局の報道番組に出演した大門に対して、報道局の斉藤正一(鈴木亮平)が「森友、止めてますので」と森友問題について言及する場面が登場する。また、第2話では、自分が伝えてきたニュースにどれほどの真実があったのだろうかと浅川が振り返り、オリンピック誘致の最終プレゼンで安倍晋三首相が「状況(福島第一原発)はコントロールされており、東京に決してダメージは与えない」とスピーチするニュース映像が流れる。

 「このドラマは実在の複数の事件から着想を得たフィクションです」というテロップが第1話冒頭で流れるが、2010年代に第二次安倍政権下で起きたさまざまな事件や、現実の事件から着想を得たと思われるエピソードが劇中には登場する。

 何より厳しい目が向けられるのは、政権に忖度し、真実を隠蔽することに加担するテレビ局の姿勢だ。

 上司に冤罪検証番組を流すことを止められた浅川だったが、強引に番組で放送したことで、事件は再び注目されるようになる。しかし、その後、ニュース番組のキャスターに返り咲いた浅川は、責任ある立場に置かれたことで、逆に身動きが取れなくなっていく。

 一方、世間知らずのお坊ちゃんだった岸本は、事件の真相を追う中でジャーナリストとして成長していくが、逆に局内で居場所を失い、テレビ局を辞めることになる。

 さまざまな手段を用いて、冤罪報道を抑え込もうとする会社組織の掴みどころのない暴力を『エルピス』は執拗に描いていく。

浅川と岸本の姿に重なる『エルピス』制作の経緯

 本作の脚本は連続テレビ小説『カーネーション』(NHK)等で知られる渡辺あやが担当している。昨年は、名門大学で起こる不祥事に翻弄される広報担当者の姿を描いたブラックコメディ『今ここにある危機とぼくの好感度について』の脚本をNHKで執筆した渡辺だが、民放初の連続ドラマ執筆となる『エルピス』は、シリアスで重厚な社会派ドラマとなっている。

 チーフ演出は『モテキ』(テレビ東京系)などで知られる大根仁。細部まで作り込まれた硬派な映像が、サスペンスを盛り上げる。

 そして、プロデューサーは『カルテット』(TBS系)や『大豆田とわ子と三人の元夫』(カンテレ・フジテレビ系)で知られる佐野亜裕美。

 本作は2016年頃に企画されたが(佐野が当時所属していた)TBSでは企画が通らなかった。しかし、佐野はあきらめずにTBS退社後に入社したカンテレ(関西テレビ)で改めて企画を提出し、ついにドラマ化されることとなった。

 上からの圧力に抵抗し、なんとか冤罪検証番組を作ろうとする浅川と岸本の姿は、『エルピス』を長い時間をかけて何とかドラマ化した佐野の姿と重なって見える。

 本作は2018年から始まるのだが、現在(2022年)ではなく、2010年代後半という近過去を舞台に設定したのは、このドラマは本来「あの時、作られるべきだった」と、佐野たちが考えているからではないかと思う。

『エルピス』自体がパンドラの箱だったのか?

 最終回直前になっても解決の糸口はまったく見えない。大門がもみ消した自分の派閥議員のレイプ事件を告発しようとした、大門の娘婿で秘書の大門亨(迫田孝也)も突然、命を落とし、自殺として処理されてしまう。

 普通のドラマなら、最終話でスカッとする逆転劇があるのだろうが、ここまでの展開を見ていると、あまり気持ちの良い結末にはならないのではないかと思う。

 だが、それは悪いことではない。安易な救いを描かないからこそ、劇中で描かれている政治の問題は、より深刻で根が深いものだと視聴者に伝わる。苦い現実と向き合うためには、苦いドラマが必要なのだ。

 最後に、タイトルの「エルピス」とは、ギリシャ神話に登場する「パンドラの箱」の中に最後に残されたもので「希望」とも「災厄」とも言われている。

 最終話で描かれることが、希望となるのか災厄となるのかはわからないが、『エルピス』というドラマ自体が、あらゆる悪や不幸が閉じ込められた「パンドラの箱」だったのかもしれないと今は感じる。

成馬零一(ライター/ドラマ評論家)

1976年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。ライター、ドラマ評論家。主な著作に『キャラクタードラマの誕生 テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)、『テレビドラマクロニクル 1990→2020』(PLANETS)などがある。

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Twitter:@nariyamada

なりまれいいち

最終更新:2023/02/28 18:48
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