『鎌倉殿』とは違う? 死後に神格化された義時・政子と、汚名をかぶった伊賀の方
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善政を布いた泰時の影響で義時・政子は神格化
同時代の人々からは深刻な“老害”とみなされていた可能性のある晩年の政子ですが、鎌倉時代後期に編纂された『吾妻鏡』は彼女を“ゴッドマザー”として賛美しています。
同書の記述によると「前漢の呂后(りょこう)に(政子は)同じくして、天下を執行せしめ給ひ、若しくは又、神功皇后再生せしめ、我が国の皇基を擁護せしめ給与か」とあり、現代語訳すると、「前漢の呂后と同様、政子は天下をお治めになった。あるいはまた神功皇后の生まれ変わりとして、わが国の根本を護られたであろうか」。政子と神功皇后を同一視しているのには驚かされます。確かに戦に勝利をもたらした女性という点では同じですが……。
一方で「前漢の呂后」という部分は、若干の皮肉が感じられる気もします。世界史好きには有名な逸話ですが、呂后は劉邦が若い時に結婚した正室です。皇帝になるといっそう女癖が悪化した夫には振り向いてもらえず、恨みをつのらせました。劉邦が亡くなり、2人の息子が恵帝として即位すると、呂后は晩年の劉邦が特にかわいがった戚夫人を捕縛し、彼女の両手足を切断、舌を抜き、両眼をえぐりだすなどしてから、当時の便所に付属していた豚小屋に放り込み(人糞を餌として豚に与えていた)、その姿を息子(恵帝)に「これが人斑(ひとぶた)です」といって見せつけたとか。これを見せられた恵帝はノイローゼになり、酒浸りとなったそうです(司馬遷『史記』「呂后本紀」)。そんな悪女と政子は並べられているわけです。
『吾妻鏡』を見るかぎり、史実の政子は自身の権力を守るためなら、わが子たちを切り捨てることもいとわなかった女です。しかし、中国史を代表する悪女の呂后に比べると、さすがに「日本三大悪女」の筆頭に挙げられる政子も、いくぶんマイルドに見えてくるから不思議ですね……。
神格化といえば、同じようなことが義時の身にも起きました。生前は幕府と北条家の安泰のために数々のダークな仕事をこなし、後鳥羽上皇たち三人の上皇を流罪に処したために「大罪人」といわれた義時ですが、彼の死後まもなく神格化がはじまり、『古事記』『日本書紀』において歴代の天皇に仕えた忠臣・武内宿禰(たけのうちのすくね)の生まれ変わりとして、鎌倉だけでなく、京都でも称賛されるようになりました。
しかし、これは泰時の影響が大きいでしょう。ドラマ最終回では、泰時が武家社会の法律集にあたる「御成敗式目」の作成に取り掛かるシーンが出てきました。また、彼が善政を敷いたこともナレーションで語られましたが、人々から敬愛された泰時は、自分の父・義時をたいへん尊敬しているという態度を最後まで崩しませんでした。この泰時の態度が、世間に義時を神聖視させた主な理由ではないか、と筆者は考えます。
政子、義時の神格化が進む一方、政子に(おそらく架空の)謀反の罪を被せられた伊賀の方の世評は下落しました。
「承久の乱」終戦直後から、幕府による旧・上皇方の残党狩りがはじまり、嘉禄3年(1227年)、「承久の乱」の主要戦犯とされた「(二位法印)尊長」なる僧侶が泰時の手で捕まったのですが、彼は死刑される直前に、「伊賀の方が義時に飲ませた薬で私も殺せ」と叫んだそうです(『明月記』)。世間では毒殺説が信じられていたことがうかがえる逸話ですが、こうした逸話が残ったがゆえに、『吾妻鏡』には一行も記されてもいない伊賀の方による義時毒殺説は現代まで生き残り、『鎌倉殿』にも採用されることになったといえるかもしれません。
こうして見ると、“新世代のカリスマ”である泰時は、彼の父・義時や、叔母の政子については(本人がどこまで自覚的だったかはさておき)名誉を挽回させたのに対し、継母・伊賀の方については具体的な行動を取っていないあたり、彼にとって伊賀の方はやはり“微妙”な存在だったのでしょうか。これは史料では確認できない話ではあるものの、義時ファミリーの秘められた家庭事情について想像してみたくなりますね。
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