『アメトーーク!』だからこそのアントニオ猪木特集! 彼の死がまだ信じられない【1万3千字レビュー】
#アントニオ猪木 #プロレス #アメトーーク!
シンもハンセンもホーガンも“猪木の作品”である
新日本プロレス黄金期は、多くの外国人レスラーも猪木のライバルを務めた。その中には、「身長:223cm、体重:236kg(全盛時)」というサイズを誇るアンドレ・ザ・ジャイアントがいた。歯の数が42本にまで達していた(一般的な本数より10本多い)、正真正銘の“大巨人”である。
今回、有田は86年に行われた「猪木-アンドレ戦」を紹介している。当時、猪木の髪はなぜか坊主頭だった。
「猪木さんは丸坊主なんかしないんですよ。実はですね、写真週刊誌に撮られたんです(苦笑)。普通、写真を撮られたら記者会見で謝ったり、謹慎とかするじゃないですか? でも、猪木さんはすぐに丸坊主にして試合に出てきたんです」(有田)
激写された猪木。当時といえば、まさに倍賞美津子と結婚していた時期だ。“男のケジメ”で髪を切った猪木は、坊主頭でアンドレ戦に臨んだのだ。その姿を見た古舘伊知郎の実況がキレキレである。
「頭を丸めておりますので、レイのような花飾りを首から掛けますと、まさに“闘う修行僧”!」(古舘)
一方のアンドレに対しては、“一人民族大移動”というフレーズを連呼していた古舘。さらに、アンドレの存在を煽る以下の名調子も有名だ。
「1人と言うにはあまりにも巨大すぎ、2人と言うには人口の辻褄が合わない!」(古舘)
いじりすぎのきらいはあるものの、さすが古舘である。この頃、彼は本当に輝いていた。今回の猪木特集には古舘も出したほうがよかった気がするが、出たら出たで悪癖が表れ、独演会になってしまっただろうか?
話をアンドレ戦に戻すと、長身のアンドレに延髄斬りを決めるなど、猪木の攻めはとても逆境にいる人間と思えなかった。ついには、“巨人殺し”の切り札・腕固めでアンドレからギブアップを奪う快挙を成し遂げたのだ。「スキャンダル→丸坊主→大巨人からギブアップ勝ち」という流れは、大局的に見て、まさに猪木の言うところの「風車の理論」だ。
続いて紹介されたのは、“インドの狂虎”タイガー・ジェット・シンとの試合。「腕折り事件」で有名な、74年の伝説の一戦だ。
「猪木は外国人レスラーを扱うのが世界で1番うまいと思うんですよ。外国人レスラーと闘うだけだったら、誰でもできますよ? スターにしちゃうんです」(古坂)
これは、どういう意味か? 新日に招聘される以前、主戦場であるカナダでベビーフェイス(善玉役)を務めていたシン。そんなレスラーを“インドの狂虎”に変身させたのは、猪木による手腕だ。来日前、ナイフを咥えるシンの宣材写真を見た猪木は、以下のようにダメ出ししたという。
「シンは最初、小さなナイフを咥えていたから“つまらねぇ”と言って、サーベルを持たせた。これは感性。ふと思いついた」(生前の猪木のコメント)
力道山から引き継いだコネクションを元に、旗揚げ当初から有名外国人レスラーを招聘できた、ジャイアント馬場率いる全日本プロレス。一方、脆弱な外国人ルートしか持たなかった猪木。彼には、無名外国人レスラーを自前でスターにするしか道がなかったのだ。要するに、シンは猪木のおかげで一流レスラーになった。
プライベートで妻・倍賞美津子と買い物を楽しむ猪木を突如襲った「新宿伊勢丹前襲撃事件」など、名実ともに“狂える虎”になっていったシン。それらの凶行で猪木の怒りは沸点に達し、試合中に猪木がシンの右腕を折る「腕折り事件」へと発展したのだ。
タイガー・ジェット・シンは現在78歳。今さら、シンについてネタバレも何もないと思うが、東日本大震災が起こった後、彼は母国で募金活動やチャリティプロレス興行を続け、数度にわたって日本に寄付をしている。カナダの名士であり、紳士な人格者。それが、シンの素顔だ。
猪木-シンの抗争のピークが過ぎた頃、新たに台頭してきたのは“ブレーキの壊れたダンプカー”の異名を誇る、若き日のスタン・ハンセンだった。シン同様、日本で成り上がったハンセンも“猪木の作品”だ。ハンセンのブレイクについては過去に別媒体(「エキサイトレビュー」2016年6月17日)で筆者が詳細を書いているので、そちらを参照していただきたい。
その後、ハンセンは全日本プロレスに移籍。不沈艦が去った後に台頭したのは、“超人”ハルク・ホーガンであった。外国人選手ながら猪木とタッグを組むなど直接の薫陶を受け、ホーガンは成長していった。
猪木の事件史で欠かせないのは、83年に行われた第1回IWGPの決勝戦だ。優勝を争うのは、この頃まだ格下と思われていたホーガン。しかし、試合は予想外に猪木が苦戦する展開に。終盤、エプロンに立った猪木めがけてホーガンが見舞ったのは、ハンセンのウエスタン・ラリアットを参考に考案したアックスボンバーである。
「さあ猪木、魂のゴング鳴る。あぶなーい! アックスボンバー、三又の槍!!」(古舘)
ホーガンをローマ神話のネプチューンになぞらえた古舘の名実況をバックに、リング下へ落下した猪木。ここで、猪木は動くことができなくなった。坂口征二らセコンド陣は死に体の猪木を無理やりリングへ戻したが、舌を出したまま猪木は失神。「やってしまった……」とばかりにオロオロするホーガンが、猪木の悲願であるIWGP制覇を成し遂げたのだ。のちにホーガンはハリウッドへ進出。映画『ロッキー3』に出演し、悪役レスラー役でロッキー・バルボアと対戦するほどの出世を果たしている。
一方、敗者となったのは猪木だ。傍目から見ると、「猪木は死んだ?」と思わせるほどの衝撃だった。
「あのまま入院しちゃうんだけど、入院しているところにお見舞いに行ったら、猪木の弟(啓介さん)がベッドに寝ていたんです。猪木、いなかったんですよ。だから、もうワケわかんなくなっちゃって。だから、坂口征二が一時期、姿を消したんです。手紙をポンと1枚置いて、そこには『人間不信』って4文字が書いてあった。猪木はたまに、身内にもギミックを仕掛けるんです。何をするかわかんない」(古坂)
諸説ある。予定調和を嫌う猪木が失神したふりをし、スキャンダラスな形に試合を色付け、世間へ届く結末へと導いた。はたまた、借金取りから逃げるために入院した……などなどだ。なんにせよ、坂口による「人間不信」も含め、第1回IWGPの顛末を古坂はよく解説していたと思う。さすがに、地上波で「ギミック」という言葉を用いたあたりはヒヤッとしたが……。
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