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日刊サイゾー トップ > カルチャー > 映画  > 永遠に見続けられる『宮松と山下』
稲田豊史の「さよならシネマ 〜この映画のココだけ言いたい〜」

まるで『ピタゴラスイッチ』…『宮松と山下』永遠に見続けられる香川照之の所作

疲弊した現代人が観るべき

それは『ピタゴラスイッチ』のよう… 永遠に見続けられる『宮松と山下』香川照之の所作の画像4
©2022『宮松と山下』製作委員会

 ここまでの文章を読むと、本作はさぞかしハイコンセプトな、小難しい、インスタレーションじみた、現代美術ライクな代物なのだろうと想像するかもしれない。否、本作が素晴らしいのは、決して「アート映画」ではないという点にある。ピタゴラ装置が決して小難しい現代美術ではないのと同じ。

 繰り返すが、大人がピタゴラ装置を永遠に見ていられるのは、理由や意義や目的や比喩や類推のようなものの介在する余地がないからだ。同じように本作も、現実社会のどの部分を切り取っただとか、批評しぐさ的に言うとこうだとか、あのセリフはなんの比喩だとか、モチーフにジェンダー的な問題提起が内包されているだとか、そういう七面倒くさいことを一切考えなくてよい。

 日々インターネットから受け取る、「タイムリーでクリティカルで心がざわつくトピック」の洪水に疲弊している現代人にとって『宮松と山下』は――ピタゴラ装置と同様――心を癒やしてくれる存在なのだ。

 ところで本作は、批評家やライター向きの試写会が幾度か開催された後で、突如本編に「再編集」を施したものを一般公開することがアナウンスされた。変更箇所は微細で全体のストーリーに影響はなく、尺も当初85分だったものが87分になっただけ。とはいえ試写開催後の再編集措置は異例中の異例である。

 これは想像だが、その微調整をしなければ作品全体が正しく「作動」しないと、監督たちが判断したに違いない。まるで、配置がたった1ミリずれても仕掛けが正しく作動しない、神経質極まりない(そして愛すべき)ピタゴラ装置そのものではないか。

 

 

『宮松と山下』

監督・脚本・編集:関友太郎 平瀬謙太朗 佐藤雅彦
出演:香川照之 津田寛治 尾美としのり
野波麻帆 大鶴義丹 諏訪太朗 尾上寛之 黒田大輔 中越典子
企画:5月 制作プロダクション:ギークサイト 配給:ビターズ・エンド 製作幹事:電通
製作:『宮松と山下』製作委員会(電通/TBSテレビ/ギークピクチュアズ/ビターズ・エンド/TOPICS)
https://bitters.co.jp/miyamatsu_yamashita

【公式SNSリンク】
Twitter: https://twitter.com/miya_yama_movie
Facebook: https://www.facebook.com/miyamatsu.yamashita
11/18(金)新宿武蔵野館、渋谷シネクイント、シネスイッチ銀座ほか全国ロードショー
©2022『宮松と山下』製作委員会

稲田豊史(編集者・ライター)

編集者/ライター。キネマ旬報社を経てフリー。『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形』(光文社新書)が大ヒット。他の著書に『ポテトチップスと日本人 人生に寄り添う国民食の誕生』(朝日新書)、『オトメゴコロスタディーズ フィクションから学ぶ現代女子事情』(サイゾー)、『「こち亀」社会論 超一級の文化史料を読み解く』(イースト・プレス)、『ぼくたちの離婚』(角川新書)などがある。

いなだとよし

最終更新:2022/11/19 19:00
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