反レイシズム以外の政治的ラップにフェミニズムとの対峙… HIPHOP批評家バトル勃発!
#ヒップホップ #つやちゃん
日本語ラップをフェミニズム視点での捉え直す
――ただ、本書を読んで心を動かされたのは、いわゆるそういった日本語ラップの伝統的な価値観を尊重しながらも、同時にフェミニズム視点での捉え直しもされているという点です。どちらかを否定し語るのではなく、ヒップホップ本来の価値を探りつつその内側から女性を新鮮な視点でまなざしていく手法に感銘を受けました。
例えばDERELLAの頁では、ギャングスタラップをミソジニックだという形で類型的に捉えるだけでは見えてこない、別の角度からの視点があります。
韻踏み夫 ヒップホップをフェミニズム視点でどう見ていくかは、アメリカでヒップホップ研究が初めてなされたとされる『ブラック・ノイズ』の時点ですでにその議論がありますよね。ただ、日本ではSNSを中心とした#MeToo運動以降のポリコレ意識のもとで改めて日本語ラップを聴いて「これはけしからん」となる、みたいなケースが多い。それよりも、自分はトリーシャ・ローズやジョーン・モーガンがもともとやっていたアプローチに忠実にやっているつもりです。だから、第三派フェミニズムの考え方に近い。
――そういった価値観のもと、本書でもElle Teresaを評する際に「第四波フェミニズム的なエンパワーメント、シスターフッドの路線をとっていない」が「真にヒップホップ・フェミニズムを体現しているラッパーである」という旨が書かれています。私も同意で、彼女は男性ラッパーとのコラボを繰り返しながら淡々と「私らしさ」をラップしていくという、極めてヒップホップらしいアプローチでフェミニズムをやっていると思う。ただ、おっしゃる通り第三波フェミニズムの前提を共有しないまま議論を進めると、そういった視点でElle Teresaが捉えられるケースってあまりないような気もします。
韻踏み夫 難しいのは、第三波フェミニズムの後にバックラッシュが来て、そのバックラッシュに対抗する動きがまた起こって、という流れの先にあるのが#MeToo運動なわけで、その点で考えると重要な運動であるのは間違いないですよね。でも、だからといって理論的な面でそこから後退するのは違うんじゃないかとも思います。そういう意味では、トリーシャ・ローズとかの方がいまだに一番鋭いとも感じる。
――あるいは、先日リリースされた麻凛亜女,Henny K ,Tomiko Wasabi「V.A.N.I.L.L.A.」も、一見コンシャスではないかもしれませんが、やっていることはヒップホップ・フェミニズムそのものと言っていいかもしれません。ヒップホップの原理原則に乗りつつ、その内側からの切り返しで見事に自分たちを鼓舞している。これもまた、Elle Teresa同様にヒップホップの民主制という側面が持つフェミニズムの可能性を感じますよね。本書で扱っている女性のラッパーは、そういった傾向のセレクトが多いと思いました。BRIERや真衣良、Tomgirlなどの隠れた作品も拾い上げつつ。
韻踏み夫 誰がセレクトしたとしても恐らくRUMI、COMA-CHI、Awichは入ると思うんですよ。それ以外の女性ラッパーは、無論、つやちゃん『私はラップをやることに決めた フィメールラッパー批評原論』(DU BOOKS)の助けを大いに借りながら、歴史に埋もれさせず名盤100枚に組み込もうと意識しました。それらを聴き直すと、いかに優れた作品が多いことかと素朴に驚かされましたね。そして件の「V.A.N.I.L.L.A.」ですが、私もあれには心の底から感動しました。「公式」であることの是非はあるでしょうが、セックスワーカーというアウトサイダーたちをレペゼンし、「My Body My Choice」、「非正規雇用? 安定ゼロ?」などと明確に政治的なリリックも差し挟んでみせる。本当に素晴らしいです。
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