アントニオ猪木さん、最後の妻が亡くなってがっくりきていた…芸能界で訃報相次ぐ
ベテラン芸能リポーターの城下尊之氏が、とかくあおり・あおられがちな芸能ニュースをフラットな目線で、おちついて解説!
――訃報が相次ぎましたね。
城下 そうですね。9月30日、三遊亭円楽さんが肺がんのため死去しました。72歳でした。10月1日には、アントニオ猪木さんが死去しました。猪木さんは2018年に「全身性アミロイドーシス」を発症していることを明かし、闘病していました。79歳でした。
――円楽さんは今年発症した脳梗塞から、8月に高座復帰したばかり。
城下 円楽さんは先代の圓楽師匠のことはもちろん、さらにその師匠である六代目三遊亭圓生師匠のことを尊敬していて、圓生師匠が1979年に死去して以来、誰も継いでいない名跡「圓生」を埋もれさせないよう、自分が継ぎたいと意欲を示していました。残念です。円楽さんは「腹黒キャラ」として知られていますが、実はとても優しい人。僕がテレビに出始めた頃、共演していた円楽さんが待ち時間などに、おもしろく伝えるしゃべり方を丁寧に教えてくれたことをよく覚えています。
8月の高座復帰の時も「集中治療室から3度目の帰還です。なんでこんなことになったんだ。みんな歌丸が悪い」と笑わせていましたが、あれは「2018年に亡くなった故桂歌丸さんのことを忘れないでほしい」という思いで名前を出したんですよ。
――2016年の不倫騒動の会見では、「名前変えようかと。円楽改め“老いらく”です」と笑わせていました。腹黒と言いながらも憎めないキャラだったんでしょうね。
城下 今後は円楽さん一門の弟子が「円楽」を継ぎ、そして円楽さんの遺志でもある「圓生」を継いでほしいですね。円楽さんの長男・会一太郎さんは声優としての活動が中心のようですが、噺家でもあるので、ぜひがんばってほしい。
――猪木さんの思い出はありますか。ネットでは、「日本を元気にしてくれた人」「国葬にしてほしい」なんて声もあったようですが。
城下 「闘魂注入ビンタ」に取材に行ったのですが、あのビンタ、めちゃくちゃ痛そうなんですが実は、女性には痛くないように力加減をしているし、若くて元気そうな男性であっても大きく派手な音はするけれどそれほど痛くないように加減しているんですよ。さすが、プロですね。
――そうだったんですね。相手は素人ですもんね。
城下 猪木さんは生涯に4回結婚(そのうち1回は事実婚)をしているのですが、最後の妻・田鶴子(たづこ)さんはもともとTBSの番組宣伝部に所属するカメラマンで、僕もよく知っている人でした。2001年に出版された写真集『人生のHomeLess アントニオ猪木写真集』(橋本田鶴子名義/ぴいぷる社)がきっかけで、猪木さんと公私にわたるパートナーになり、2017年に入籍。その田鶴子さんも2019年、膵臓がんのため死去。
――そうだったんですね。
城下 田鶴子さんが亡くなって、猪木さんは相当ガックリきていたと聞いています。僕も縁がある方が立て続けに亡くなってショックです。心よりお悔やみ申し上げます。
――円楽さんも猪木さんも病と闘う姿を発信し続けて生涯現役を通していました。本当に残念です。
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