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川口春奈×目黒蓮『silent』は秋の覇権ドラマに? 夏ドラNo.1『石子と羽男』との共通点

坂元裕二イズムも感じられる脚本と細やかな設定

 『silent』は、若手脚本家の登竜門として知られる「フジテレビヤングシナリオ大賞」の第33回で『踊り場にて』が大賞を受賞した生方美久(うぶかた・みく)氏のオリジナル脚本で、生方氏はこれが連続ドラマデビューという大抜擢となったが、それだけの大器であったと見ることができそうだ。プロデューサーの村瀬健氏は、日本テレビ時代に『14才の母』など、フジテレビに入局して『BOSS』『信長協奏曲』『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』などを手がけてきた人物だが、生方氏の脚本を「セリフっぽくない、日常の言葉を使ったリアリティーのあるセリフが心にしみた」と評価し、オリジナル作品での連続ドラマデビューをオファーしたのだという。

 生方氏は坂元裕二氏の大ファンのようで、SNSでは夏ドラマの『初恋の悪魔』(日本テレビ系)を絶賛する感想も綴っているが、『silent』には映画『花束みたいな恋をした』からの影響も感じられる。『花束みたいな恋をした』はさまざまな固有名詞が登場し、それが主人公ふたりを結びつけるきっかけとなるだけでなく、鑑賞する我々を引き付ける装置ともなっていたが、『silent』でも渋谷のタワーレコード、世田谷代田駅、スピッツ、back numberなどが印象的に登場するのだ。

 スピッツ「魔法のコトバ」は、川口春奈演じる青羽紬(あおば・つむぎ)が高校時代、想いを寄せていた佐倉想(目黒蓮)と交際するきっかけになった楽曲だ。「魔法のコトバ 二人だけにはわかる」という歌詞のとおり、ふたりは仲睦まじいカップルとなり、「また会えるよ 約束しなくても」という歌詞のとおり、同級生で同じクラスのふたりは毎日のように顔を合わせていただろう。しかし、徐々に耳が聞こえにくくなる「若年発症型両側性感音難聴」を患って聴覚を失った想は、紬に突然別れを告げる。8年後、紬は想と世田谷代田駅のホームで運命の再会を果たす。「また会えるよ 約束しなくても」。しかしほとんど耳が聞こえない想には、紬の“コトバ”は届かない。想が紬に対し、「うるさい!」と言うシーンは高校時代にもあったが、再会後の「うるさい!」はまるで違う意味に変わり、とても切ない場面になった。紬と想はふたたび「二人だけにはわかる」「魔法のコトバ」を手にすることができるのか……『silent』はそういうラブストーリーなのかもしれない。

 ちなみに渋谷のタワーレコードで勤務する紬が、試聴機でスピッツの「楓」を聴く場面もあった。生方氏は今年3月、「スピッツの『楓』みたいなお話書いてるので毎日泣いてます」とツイートしていたが、「さよなら 君の声を抱いて歩いて行く」「他人と同じような幸せを信じていたのに」といった歌詞は、ひょっとすると想の心情を歌っているのだろうか。

 第1話では、back numberが2014年3月に発表したアルバム『ラブストーリー』も象徴的なアイテムとして出てきた。高校時代は音楽好きだった想は、耳が聞こえなくなって、好きだったCDの数々を実家のベッドの下にしまい込んでいた。これを発見した想の母親・律子(篠原涼子)が悲しげに手に取ったのが、CDケースの割れた『ラブストーリー』だったが、このアルバムの最後を飾る楽曲は「世田谷ラブストーリー」なのだ。渋谷のタワーレコードで勤務する紬が引越し先として世田谷代田を最寄り駅に選ぶのは、都内の交通事情を知っていると少々不自然な印象だったが、“世田谷のラブストーリー”を印象付けたかったのかもしれない。何より、紬と想が「8年後に26歳」であることを考えると、ふたりが高校を卒業したのは『ラブストーリー』が発売された2014年3月の可能性が高い。こうした設定の細部のこまやかさも、『石子と羽男』と共通する部分でもあるだろう。

 『silent』は聴覚障がいとラブストーリーという、ともすればセンシティブな題材を扱うが、ろう者の当事者が俳優としてキャスティングされていたり、解説放送版が配信されていたりと、当事者への配慮も感じられる。『石子と羽男』にもそうした配慮があちこちに見られたが、解説放送版といえば、『石子と羽男』も視覚障がい者が登場する第4話のための取材中に「解説放送版をつくってほしい」との要望を受け、急きょ解説放送版の配信が決まったという経緯がある。

 また、風間俊介演じる手話教室教師・春尾正輝が“嫌味”を言うシーンも印象的だった。紬・想の同級生で、紬の現在の恋人である戸川湊斗(鈴鹿央士)が、想の状況を知り困惑する中、訪れた居酒屋で正輝が手話を使っている様子を見て、思わず声をかける。穏やかな正輝が居酒屋の店主にタダで手話を教えているという話に「人がよさそうですもんね」と湊斗が言うと、正輝は表情を崩すことなく、「そういう刷り込みがあるんですよ。偏見っていうか。手話。耳が聞こえない。障がい者。それに携わる仕事。奉仕の心。優しい。思いやりがある。――絶対いい人なんだろうなって勝手に思い込むんですよ。ヘラヘラ生きてる聴者(ちょうしゃ)の皆さんは」と厳しい指摘を投げかけ、「僕も聴者なんですけどね」と笑う。静かな怒りが感じられるこのシーンは「風間さんの演技がめっちゃ怖い」「人間の持つ暗い部分を感じて素晴らしい演技だった」と話題になっていたが、こうした自然な流れから不意に視聴者の胸を刺す鋭いひと言が飛び出すあたりにも、『石子と羽男』や坂元裕二イズムを感じると言うと、言い過ぎだろうか。

 別に「石子と羽男に似ている」と言いたいのではない。『石子と羽男』が兼ね備えていた「良質のドラマ」の要素を『silent』も(今のところ)兼ね備えているということであり、だからこそ『silent』は放送を重ねるたびにさらに支持が増えていくのではないか、ということだ。

 すでにタワーレコード渋谷や世田谷代田などが“聖地”化しつつあり、ドラマで想と紬が交換したイヤホンなどがタワーレコードで発売されたりと、「silent現象」も起こりつつあるドラマ『silent』。この秋もっとも注目の作品となりそうだ。

新城優征(ライター)

ドラマ・映画好きの男性ライター。俳優インタビュー、Netflix配信の海外ドラマの取材経験などもあり。

しんじょうゆうせい

最終更新:2022/12/16 17:02
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