新作『裸のムラ』は日本社会の縮図 五百旗頭監督が地方にこだわる理由
#映画 #インタビュー
ムスリム一家とムラ社会との距離感
――県政に鋭く斬り込む一方、市井の人たちに向けるカメラも五百旗頭監督は手加減しない。ムスリム一家の高校生の次女に「差別を受けた体験はないか」と質問し、黙ってスマホをいじり続ける次女の姿をそのまま映しています。
五百旗頭 もちろん、ご両親と関係を築いた上で取材しています。あのシーンは、ご両親である松井さん、ヒクマさんに「差別体験について、子どもにも話を聞きたい」と事前に伝えたところ、「親には答えないので、五百旗頭さんが直接本人に訊いてください」と言われたものです。あのシーンを撮った後、本人が嫌がったら使うのは止めようと思っていました。彼女がしゃべろうとしなかったので、お姉さんや弟が僕に気を遣って「こんな差別を受けたことがある」といろいろ話してくれたのですが、映画には次女がカメラを前にして口を開かないところを使っています。彼女と僕との距離感から、ヒジャブを被って高校に通う彼女と日本のムラ社会との距離を感じてほしいと思ったからなんです。「多感な時期の女の子に対して、酷いのではないか」という批判の声も受けていますが、批判を受ける覚悟で撮ったシーンでした。
――バンライファー一家は、取材しているうちに父親である中川さんと娘の結生ちゃんとの関係性が少しずつ変わってくる。父親の家長ぶりに、結生ちゃんは子どもなりの抵抗を見せるようになる。父子の微妙な軋轢に気づいたのはいつ頃でしょうか?
五百旗頭 取材を始めて半年ほど経ってからです。最初は有名企業を辞め、バンライファーとして自由に生きる中川さんと天真爛漫な結生ちゃんに感心してカメラを回し始め、しばらくは中川さんの妻・結花子さんも結生ちゃんもカメラの前では常に明るく振る舞っていたのですが、次第にカメラを意識せずに自然な表情を見せるようになった。自由に生きているはずの中川さんですが、結生ちゃんには日記を書くようにと口うるさい。また、フリーランスで仕事をしている中川さんの忙しさは尋常ではなかった。本当の自由とは何だろうと考えさせられました。長期取材したことで見えてきた部分だと思います。(6/7 P7はこちら)
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