『さかなのこ』はまさかのマルチバース映画! さかなクンはのんであって、のんではない
#映画 #能年玲奈 #のん #さかなクン
『TVチャンピオン』が存在していなかった世界線のさかなクン
はじめに言っておくが、今作はマルチバース(※)映画である。
(※)私たちの世界(バース)とは別に、他の世界が並行して無数に存在するという考え方。パラレルワールド。
これはさかなクンの自伝的映画であるが、実はそうでもない。どういうことかというと、さかなクンがもう1人の自分を俯瞰から見ている、そんな視点から描かれているのだ。
さかなクンの半生を描く上で、必要不可欠なものがある。『TVチャンピオン』(テレビ東京系)という番組の存在だ。さかなクンこと宮澤正之は、同番組の「全国魚通選手権」で5連覇して殿堂入りを果たし、世に存在を知らしめた。だが、本作はそれが存在していない世界なのだ。
本作には、さかなクン本人も“ギョギョおじさん”というキャラクターとして出演している。このギョギョおじさんは、もし『TVチャンピオン』がなかったら、もしさかなクンがチャンスを掴めていなかったら……世の中から変人として扱われ、相手にされていなかったかもしれない、そんな“影の姿”でもあるのだ。これは監督自信がコメントしているため間違いない解釈なのだが、しかしその一方で、こうも考えることができる。
ギョギョおじさんは、私たちが知っている、さかなクン本人に近い存在でありながらも、世間からはじかれてしまった別バージョンのさかなクン。そんなギョギョおじさんが、別次元のさかなクンの人生を、良い方向へと軌道修正をしに来ている――そう考えると、妙に納得がいく。
結果的に本作の中には(もちろん版権の問題もあるかもしれないが)、『TVチヤンピオン』は登場しない。だが、それを模した架空の番組を登場させることだって可能だったはずだ。のんが演じるミー坊も結果的にさかなクンとは違った人生を歩んでおり、私たちの世界のさかなクンとは完全には一致しない。ミー坊もギョギョおじさんも、私たちが知っているさかなクンとは別次元に存在している同一人物=さかなクンなのだ。
ストーリーだって少し違っている。さかなクンの父親は、囲碁棋士の宮沢(澤)吾朗だが、作中に登場する父の名前はジロウ(三宅弘城)で別人。他の登場人物も、モデルはいるにしても架空のオリジナルキャラクターが多い。
完全にフィクションかと思いきや、ところどころに事実も組み込まれている。例えば、さかなクンが中学生の頃にカブトガニの人工孵化に成功したことや、20歳頃に魚類専門のペットショップでアルバイトしながら寝泊まりしていたことなど、そういった重要なエピソードは描かれている。
さらに、さかなクンは幼少期、魚と出会う前は妖怪が好きだったことから、ミー坊の部屋には妖怪の絵が貼られていたりする。そんなディティールがリアルに忠実だったりと、ノンフィクションとフィクションが絶妙なバランスでミックスされているのだ。
ミー坊=ギョギョおじさん=さかなクンの姿を通して本作が描きたかったのは、歌手やスポーツ選手など、専門的な分野で活躍している人の人生がほんの少しでも違っていたとしたら、それでもその人は、歌手やスポーツ選手になっていだろうか。回り道をしたって、結果的には同じ道を辿ることになったのだろうか……という“If(もしも)”ではないだろうか。
あなたも、自分に置き換えてみてほしい。あの学校に行っていなかったら、あの会社に入っていなかったら、あの人と出会っていなかったら……。それでも結果的に、自分は今の自分になっていたのだろうか、と。全く異なった人生になっていた可能性だってあったはずだ。
しかし、この世に“自分にしかできないこと”があり、それを全うすることがあらかじめ決まっていたとしたら――さかなクンはどんなに回り道をしたって、ここにたどり着く運命だったということだ。
映画『さかなのこ』
9月1日(木)よりTOHOシネマズ 日比谷 ほかにて全国ロードショー
主演:のん 柳楽優弥 夏帆 磯村勇斗 岡山天音 三宅弘城 井川 遥
原作:さかなクン「さかなクンの一魚一会 ~まいにち夢中な人生!~」(講談社刊)
監督・脚本:沖田修一
脚本:前田司郎
音楽:パスカルズ
製作:『さかなのこ』製作委員会
制作・配給:東京テアトル
宣伝:ヨアケ
(C)2022「さかなのこ」製作委員会
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