就職希望の学生は破門も……迫る「音大崩壊」の内情と解決法
#音楽大学
音楽大学の学生数は1990年に22053人だったが、2020年には15592人に減少(学校基本調査)。とかく「少子化だから仕方ない」と思われがちだが、実はこの間、大学進学率は39.9%から54.8%に上昇し、特に女子大学生は実数にして99万人から129万人へと3割も増えている。その中でとりわけこの20年、音楽関係学科の女子の学生数減少は顕著で、7988人減、なんと4割も減っているのだ(なお、男子は482人増)。このデータは、音大が進学先として選ばれなくなっていることを如実に示している。
それはなぜなのか。復活する方法はあるのか。みずほ銀行から名古屋芸術大学芸術学部教授に転じた『音大崩壊 音楽教育を救うたった2つのアプローチ』(ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス)の著者・大内孝夫氏に訊いた。
「カネの話をするなんて」という風潮が根強い
――少子化に対して中小私立大学では体育会系学生を推薦で大量に獲ったり、留学生をたくさん入れたりして経営を成り立たせる動きがありましたが、音大はそういうことをしてこなかったのでしょうか。
大内 少なくとも表立っては「ない」ですね。スポーツと音楽の業界の違いは本の中でも書きましたが、スポーツは産業として振興することに対しても、そのための政治に対するロビイングも熱心ですから、それが体育会系学部の学生数を着実に増やしたことにつながったのだろうと思います。
音楽は行政などに要望を伝える強力な団体がありませんから、スポーツには政府から潤沢な予算がつく一方で、音楽は微々たるものです。また、音楽大学全体として組織立って学生獲得競争に乗り出すこともほとんどありませんでした。学生は小さい頃から楽器を習っている方が多く、その先生が薦める大学に進学するというケースが多いんですね。優秀な先生のもとには高額なお金を払ってでも門下生になりにいくという文化はあって、進学の選択肢が先生個人に紐付きやすいのが特徴的です。この傾向は、特にピアノで顕著なように思います。
――なぜ音大進学を選ばないかについて『音大崩壊』では、音大はいまだに演奏技術向上を目的とした教育が中心であって、音楽で自立した生活を送るためのノウハウや、社会に出たときに必要なお金に関する知識などがカリキュラムになく、「音大は就職に不利」という考えが高校生やその保護者に蔓延しているためだ、と書かれていました。
大内 「カネの話をするなんて」という風潮が根強いんですね。もっとも、門下生を音大に送り出す先生たちには高額なレッスン料を取っている方もいると聞きますが、伝統的な音楽大学では、今も学生にビジネスの仕方を教えることはほとんどありません。しかし、最近ではそのあたりに取り組む音楽大学も出てきており、たとえば名古屋芸術大学では起業やキャリアデザイン、簿記論もカリキュラムに組み込み、音楽をどうしたらビジネスにできるか、マネタイズできるかに力を入れています。
日本の音楽大学では、将来プロの演奏家になるにしても音楽教室の先生になるにしても、それがビジネスであるという認識が薄いのです。僕が『「音楽教室の経営」塾』(音楽之友社)という本を書いたのは、そういう理由です。本当はフリーランスになったり講師になったりするのであれば、開業手続き、開業支援について知っておくべきですし、お客さんや生徒を集める仕組みづくりも知らないといけない。そういうところがまったく欠けている。音楽教室も生徒がいなければ成り立ちません。音大の先生は得てして「演奏が上手なら生徒は集まる」と言うけれども、それはもちろんショパンコンクールで入賞するレベルなら何もしなくても来るでしょう。でも、そんな人は一握りです。町のピアノ教室に必要なのは演奏技術だけではない。マーケティングも必要なら、確定申告も必要です。青色申告をすれば所得控除があるけれども、そのためには複式簿記の決算書を作らないといけない。だから、簿記も知っていたほうがいい。演奏家としてやっていくにあたって、「ギャラは1万円」と言われて受け取って見たら消費税込みで、さらに源泉が引かれていた……なんてことにならないように、事前に確認・交渉しておく必要もある。
こういう知識は、大学を卒業したら会社に入るような人にはあまり必要ありません。税金や社会保険料の計算は会社が代行してくれるからです。むしろ、フリーランスなどの自営業にこそ必要です。なのに、それらのカリキュラムがない大学が圧倒的多数です。断っておきますが、音楽の学びは素晴らしく、優秀な学生が多いです。ただ、いくら優秀でもおカネに関する学びがないから、卒業後に苦労するのではないかと考えています。そうした風潮を何とか変えたいですね。
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