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旧統一教会関係者「人間として薄情すぎる…」萩生田政調会長のズブズブっぷり

落合監督の「清原獲り」発言はウソか誠か?

 ところで、鈴木忠平の『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか』(文藝春秋)が出てから、落合人気が出て、あちこっちで引っ張りだこのようだ。

 私も読んだ。面白いことは認める。だが、あまりにも落合を美化しすぎていて、ノンフィクションとしての出来は、私はよくないと思っている。

 それはさておき、落合のメディアでの発言が物議をかもしていると新潮が報じている。

 それは、落合がやっているYouTubeチャンネルで、巨人から退団する裏話として、巨人はあの時清原和博を獲る気はなかったが、オレが長嶋さんに話して、清原を獲れ、その代わりオレに1年清原を預けろ、バッティング改造をしてやると話したと、ぶちまけたのである。

 反響はあったようだが、当時の長嶋監督の参謀だった河田弘道が、それは違うと新潮で異を唱えたのである。

 河田がいうには、巨人が清原を獲得しようと検討し始めたのは、清原がFAで移籍する1年も前だった。1995年8月に、長嶋から呼び出され、読売新聞の渡邊恒雄社長から、「清原が必要なら獲るよ」といわれたと興奮して話したというのだ。

 だから、落合が長嶋に「清原獲り」を進言したというのは「存じ上げません」といっている。

 そのほかにも落合の発言の「嘘」を指摘しているが割愛。

 私は当時、大の巨人ファンだったから、落合の衰えは見ていた。巨人が放出しても獲る球団があるのか心配したぐらいだった。

 だが清原も、衰えが目に見えてきて、巨人に入っても活躍はできないだろうと思っていた。私が編集長をやっていた週刊現代の編集後記「音羽の杜から」で、「豚は空を飛べない」と書いた。

 案の定、清原は巨人で大した成績を残せなかった。

 巨人というのは、他の球団で活躍したが落ち目になったスター選手を引き抜いて、クリーンナップを打たせたが成功したことはほとんどない。

 私は、そのカネを貯めて、大リーグの現役20勝投手に1年契約で20億、30億払って呼んでくれば、注目されるし、日本の野球のレベルも上がると考えていた。

 しかし、読売新聞の上層部、特に渡邊社長などは、そいう視野の広いものの見方ができなかった。

 現在、最下位を争っているのも、原などという監督を使い続けているからだ。もはや「くたばれ巨人軍」という気力も愛情も巨人には持てない。

 高校野球は仙台育英が優勝して、東北に初めて優勝旗が行くことになった。決勝戦は一方的な試合になることが多いが、この試合も下関国際を8対1で破った。

 投手力も互角、打撃も互角。序盤はどちらが勝つか分からない展開だったが、中盤に均衡が破れ、レフトの打球が伸びる中、左翼席に満塁ホームランを打って試合が決まった。

 最近、高校野球を見ることはなくなったが、仙台育英を応援しようと久しぶりに決勝戦を見た。

 私も高校1年の一時期だけだが、硬球を追いかけてグラウンドを駆け回り、素振り100回、ベース10周うさぎ跳びなど、野球部で甲子園を目指したことがあった。

 もちろん夢はかなわなかったが、今でも高校球児を見ると、あの頃の夏が甦る。練習中は水を飲むな。今だったら考えられないが、その分、終わってグラウンドの隅にある手洗いの水道から流れる水を腹いっぱい飲んだ、そのうまさは忘れない。

 負けた下関国際の選手たちは涙が止まらない。「勝ったやつには何もやるな」という言葉が浮かぶ。悔しさをバネにしてまた頑張ればいい。そんな安っぽい言葉はいらない。今悔しがり、泣くことが青春なのだ。思う存分泣くがいい。泣くために甲子園はあるのだから。

 夏の真っ盛りに、何も甲子園でやらなくてもとは思うが、甲子園でなくては流せない涙があるのも事実だ。秋では味わえない興奮がある。

 甲子園が終わり、今年の夏も終わる。青春が遠ざかっていく。

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