理不尽でサイテーな日常を笑いに変える映画『野球部に花束を』の魅力
2022/08/12 07:00
#映画 #ヒナタカ
『天気の子』の主役がまさかの「生贄」「奴隷」のような役回りに
本作は若手俳優の出演も目玉となっている。何しろ、主人公を演じるのはアニメ映画『天気の子』(2019)で主役の声に抜擢された醍醐虎汰朗であり、今回は端正な顔立ちからは想像もつかないほど、文字通りに「生贄」「奴隷」のようになってしまう新入部員を熱演している。『刀剣乱舞』などの2.5次元ミュージカルで活躍する黒羽麻璃央も見逃せないだろう。
さらに、狂気と愛は紙一重……というか狂気のメーターが明らかに振り切れている野球部の監督を、髙嶋政宏が「本当に楽しそうだなあ」と思えるほどの怪演をしていて、恐怖という意味でのドキドキが100%の「壁ドン」を繰り出す様もなんとも可笑しい。また、とんでもない登場の仕方をする小沢仁志、「野球部あるある」を1つ1つ紹介してくれる野球解説者でYouTuberでもある里崎智也にも注目だ。
そんな“濃い”出演陣の中でも個人的なMVPは、1981年生まれ、つまりアラフォーにも関わらず高校生を演じた、『SR サイタマノラッパー』(2009)などで知られる駒木根隆介だった。原作にはない、初対面で「おじさんだ」と呼ばれる場面はあるものの、そのキュートな振る舞いのために違和感なく野球部に溶け込んでいる様は感動を覚えるほどで、もはや主人公と同等かそれ以上に目立っていた。彼が終盤に「豹変」する様は笑いと恐怖が入り混じる名場面だったので、ぜひ楽しみにしてほしい。
理不尽に対しての有効な手段かもしれない
本作は、究極的には「スポ根もの」でもないと言える。何しろ、劇中で主人公たちが所属するのは「強くはない、けど弱小でもない、中途半端な野球部」であり、描かれているのは前述したような「野球部あるある」にまみれた日常。通常のスポ根ものにある「ダメダメなチームが工夫と努力で勝ち抜く!」ような王道とは良い意味で異なるのだ。
そして劇中では体育会系の部活の風潮だけでなく、はっきりと「高校野球」そのものが理不尽なのだと訴えられている。例えば、ナレーションで「全国で野球部のある高校は約4000校、甲子園に出られるのは49校、1%強だ」と解説される場面があり、その他にも3年間を野球に捧げてもベンチ入りができない先輩がいるという事実も示されていたりもする。
さらに、原作マンガの第1巻の折り返し部分、作者のクロマツテツロウのコメント(一部抜粋)にはこうある。「笑いながらどうか、理不尽で不確かなこの愛くるしい世界、『野球部』に花束を」と。
そう考えれば、本作は野球部に限らず、誰もが一度は通る「理不尽でサイテーな青春」に花束を、もっと言えば「愛」を捧げた作品なのだ。単純に肯定はしないし、かと言って否定もしない、良いも悪いもひっくるめた昔話そのものを、今では「笑って語ることができる」というのは、世の中にある理不尽そのものに対しての有効な手段なのではないか、とも思えるのだ。
そんな風になかなか高尚なメッセージが掲げられながらも、「ぜんぜん偉そうなそぶりがない」「無理くりな感動を狙ってもいない」のも本作の良いところだ。最終的な着地は、キレイゴトを回避していて、シニカルを超えてホラー的な怖さも込みで、パワハラな体育会系の悪しき伝統が続くことへの批判もちょっぴりあるなど、やはり「野球部あるある」を多角的に描いていることがわかる。その青春コメディを描く上での「誠実さ」そのものに、感動があったのだ。
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『野球部に花束を』
出演:醍醐虎汰朗 黒羽麻璃央 駒木根隆介 市川知宏 三浦健人/里崎智也(野球解説者) 小沢仁志/髙嶋政宏
監督・脚本:飯塚健
原作:クロマツテツロウ『野球部に花束を ~Knockin’ On YAKYUBU’s Door~』(秋田書店「少年チャンピオン・コミックス」刊)
主題歌:電気グルーヴ「HOMEBASE」 (C)macht inc.
音楽:海田庄吾
配給:日活
C) 2022「野球部に花束を」製作委員会
最終更新:2022/08/12 07:00
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