2020年代HIPHOPが本格化―加速度を増すヒップホップ×ダンスミュージックの新解釈
#HIPHOP #つやちゃん
宇多田ヒカル『BADモード』とも共振するアンビエントとHIPHOP
トランスと同様に、実はもうひとつ(広義の)ダンスミュージックとして近年の国内ヒップホップに、大きなエッセンスを加えていた音楽を忘れてはならない。落ち着き払った、たゆたう儚さで決定的に新たなニュアンスを与えた音楽、アンビエントである。中でも、本稿では昨年リリースされた2枚の偉大な作品を挙げよう。
アンビエントの繊細さを持ち合わせたそれら傑作こそが、rowbai『Dukkha』とCHIYORI×YAMAAN『Mystic High』である。この2枚は語り尽くせないほどの多くの示唆を孕んでおり、22年1月に投下され同じくアンビエントが重要な役割を果たしていた宇多田ヒカル『BADモード』とも共振するような、ヒップホップの次なる方向を指し示す音楽性が観察される。
rowbai『Dukkha』のいくつかの曲――例えば「Goma」「Stress」ではムードを形成するニュアンスたっぷりのトラックの中で、どこか頓痴気なリリックが日本語の発音を全面的に崩してラップされる。半ばヒアリング不可能な凸凹の発音がアンビエントを背景に持つビートと絡み合うことで、ある種の不快感/快感が同居し、聴く者の回路をバグらせるような効果を発揮している。
さらに、その違和感を加速させるのは、「brain fog」や「Recovery」といった曲に登場する“J”のメロディラインであろう。背景にアンビエントなムードを敷くことで極東の湿った旋律が他の曲と地続きになり、いびつながらも“アリ”になってしまうという摩訶不思議な説得力が生まれている。
いや、頓痴気っぷりで言うならば、CHIYORI×YAMAAN『Mystic High』の異様さはさらに魅力的ではないだろうか。rowbai『Dukkha』にあるハズした違和感が、本作ではさらにナチュラルに執り行われる。掲げられたアンビエント×メンフィスラップというテーマをそのまま森×車という形で同居させたシュールなアートワーク自体がその心地良い違和感を表しているが、例えば「すごい」や「水風呂」といった曲ではユーモラスでどこかナンセンスなリリックがゆらゆらとしたディレイとともに発音される。
そして驚くべきことに、CHIYORI×YAMAANもまたここで“J”を全面的に導入してくるのだ。
CHIYORIが随所で挟み込むのは柔和なJ-POP的メロディラインであり、それらの強引な接続/混合/同居を可能にしているのは、やはり背景でたっぷりとニュアンスを醸成するアンビエントの要素に違いない。
今、グローバルではヒップホップによる、ダンスミュージック解釈の急速な進行が叫ばれている。驚異的な完成度と熱量で届けられたビヨンセの『RENAISSANCE』によって、そのトレンドは決定的になったと言ってよいだろう。
だが、つぶさに見ていくと、国内のヒップホップはトランスやアンビエントの力を取り入れながら、近年すでに興味深い実験を試みていたことがわかる。これらのラインナップに加えるとするならば、常に現行のヒップホップと“J”のハイクオリティなミックスを実現させてきたKMの動向も見逃せない。
先日リリースされたLil’ Leise But Gold「BPMF」では早速、その腕前が披露されていた。普遍的なリズムを刻みながらもフェティッシュに加工された音が緻密に絡み合うビートは、古き良きディープハウスのエロティシズムをまとっているが、それらBPMをよりスムースに推し進めていくのは、Lil’ Leise But Goldの艶めかしい歌である。英語と日本語を融解させながらも随所で積み重なる言葉の舵をとるのは「魂」「話」「じゃないし」といった日本語のライミングであり、終盤「もっともっと」「熱く」「弾く」という火照ったワードがアイラインの滲んだ身体を熱く突き動かしていく。単に〈ハウス〉というラベリングに回収されない、“J”の魔術が叶えたオリジナリティあふれるグルーヴであろう。
今後ますます加速するであろうダンスミュージックの再解釈が進行する中で、国内のトラックメイカーやラッパーが“J”との距離感、それらをいかに調理していくかという問いについてはますます注視しておく必要がある。新たな“J”のヒップホップが動き出しているのだ。この国の、2020年代のヒップホップがいよいよ本格的に始まったのである。
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