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柄本佑×阿部サダヲ×鈴木杏の演技に引き込まれた『空白を満たしなさい』 「空白」の意味は…

柄本佑×阿部サダヲ×鈴木杏の演技に引き込まれた『空白を満たしなさい』 「空白」の意味は…の画像
ドラマ公式ブログより

 柄本佑主演のNHK土曜ドラマ『空白を満たしなさい』の最終話となる第5話が7月30日に放送された。単純なハッピーエンドとはならず、主人公の“結末”が明確に描かれることもなく、独特の余韻を残した終わり方となった。

 このドラマは、2011年から2012年に『モーニング』(講談社)で連載されていた平野啓一郎による同名の長編小説を原作とした作品。死んだはずの人間が生き返る「復生者」のニュースが世間を騒がせる中、3年前に亡くなった主人公・土屋徹生(柄本佑)が復活する。死の直前の記憶を失っている徹生は、自分が自殺したとされていることに違和感を覚え、身に覚えのない自らの死の真相を探っていく……というストーリーだ。

「空白」を満たしていく土屋家

 第4話で死の直前の記憶を思い出し、やはり自死したことを知る土屋徹生。客先からキックバックを受けているというあらぬ噂を同僚に流され、社内で孤立していき、品質管理部に左遷させられるも、そのことを妻の千佳(鈴木杏)には打ち明けられず、ひとり悩み苦しんでいたのだった。しかし、社会も周囲も、家族も、自分すらも嫌ってしまえばいいという「自分の中の狂気」を認められず、次第に警備員の佐伯(阿部サダヲ)に付きまとわれていると思い込むようになり、佐伯の姿をした「自分の中の狂気」に追い詰められていき、飛び降りるという選択をした。それでも最後の瞬間まで「生きたい」と思っていたことを思い出した徹生は、すべてを千佳に告白する。ようやく幸せな家庭として再スタートを切った……と思いきや、家族3人で訪れたアウトドア施設で突然、千佳が倒れてしまうという衝撃のシーンで第4話は終了となった。

 千佳が倒れた理由は「精神的なこと」。徹生と会う前にはよく起こったらしく、徹生と交際してからは一度もなかったものの、徹生が亡くなってからまた起こるようになったという。千佳は倒れる直前、「私は世界一心が汚い子供です」と書かれたTシャツを着た幼い少女の幻覚を見ていた。徹生の前では常に明るく振る舞っていた千佳もまた、心に「何か暗いもの」を抱えていたのだ。

 結婚してから一度も会っていない千佳の母(木野花)はいわゆる“毒親”で、常に千佳を否定してきた。千佳はそれにより、すべてを「自分のせい」と自罰的に思い込むようになってしまっていた。少女の幻覚は、幼い頃の千佳自身だったのだ。徹生は思わず、「千佳の中に暗いものなんて絶対にない!」と、千佳の内面を否定してしまう。千佳は「あるの!」と言いながら、「でも大丈夫。てっちゃんの前では明るい人でいたいから」と笑顔を作るのだった。

 第3話の「復生者の会」で出会った復生者ラデック(ブレーク・クロフォード)の紹介で、自殺対策NPO「ふろっぐ」の池端(滝藤賢一)のもとを訪れる徹生。最後まで「生きたい」と思ったことを「おかしいですよね」と言う徹生に、池端はそんなことはないと告げ、「ビル火災の一室で、熱さから逃れようとして窓から飛び降りてしまうのに似ていますよ。ほかに熱さから逃れるすべがあるなら、本当は生きたかったんです」と説く。納得した徹生は、「嫌な自分は、土屋さんの中の一部にすぎません」「私たちはつきあう人の数だけいくつも自分を持っている」「まずは好きな自分を見つけることです。その相手と一緒にいる時の自分を大事にしていくんです」という池端のアドバイスに耳を傾ける。

 一方で、刻々とタイムリミットが迫る。ラデックら復生者たちが続々と行方不明になっているとのニュースが報じられており、“復活”は期限付きである可能性が浮上していた。「やるべきことをやるしかない」と決意した徹生はまず、息子の璃久(斉藤拓弥)のために遺書とも言えるビデオメッセージを撮影する。「いつかその時が来たら、璃久に渡して言ってほしい。『これで空白を満たしなさい』って」と千佳に託し、徹生は千佳との出会い、そして自分の死について、切々とカメラに向かって語りかける。

 そして徹生は、「復生者の会」で知り合った木下(藤森慎吾)が立ち上げた会社で、遺される人たちのために、死んだ人の“存在”を遺すようなサービスができないかと提案し、ともに動き始めようとしたものの、契約書を作ろうと木下が別の部屋へ向かった刹那、木下が姿を消してしまった。徹生ははっきりと、自分に残された時間が少ないことを知り、千佳のもとに急ぐ。璃久を連れて千佳の実家を訪れ、千佳にかけられた“呪い”を解きたかったのだ。

 千佳の母親は、孫の璃久に対しては優しい顔を見せるが、千佳に対しては相変わらず、何もかも千佳が悪いという態度を取り、千佳と結婚した徹生すら「犠牲者」だと言う。徹生は怒りなのか悲しみなのか、ぐっと感情を圧し殺した後で「それは全然違うんです。千佳のせいじゃないんです、まったく!」「僕は千佳にただ感謝しかないんです。お義父さんとお義母さんが千佳を産んで育ててくれたことに、僕は……感謝してます」「僕はどうしてもこの気持ちを伝えたかったんです。千佳は本当にいい人間で、最高の母親で、最高の妻です。僕は彼女に会えたことが人生の中で一番幸福なことだったと思ってます。僕は幸せでした!」と伝える。実家を立ち去る時、また少女の幻覚を見る千佳だったが、その少女のTシャツからは「私は世界一心が汚い子供です」の文字が消え、わずかに微笑んでもいたのだった。徹生、千佳、璃久の3人は手をつないで帰路につく。

 ラストは徹生の母親(風吹ジュン)と4人でピクニックをする場面。一家だんらんの中、徹生の母親は「こうして徹生と一緒におられるなんて夢のようだわ」と言いながらも、徹生から「産んでくれてありがとう」と感謝の言葉を告げられると、「私が死ぬ時に、枕元でもういっぺん言いなさい」と返す。誰もが、終わりの時が近づいているのを感じていた。そして最後は、徹生が璃久を呼び寄せ、父子が抱き合う――という直前の静止画でドラマは幕を閉じた。

ドラマが投げかける「空白」の意味

 タイトルにも含まれる「空白」は、作品全体のキーワードとして作中にたびたび登場してきた。第1話では、千佳に「本当に死んだときのこと覚えてないの?」と問われた徹生が、死んでしまう直前からの記憶が「完全に空白なんだよ」と答えている。初回放送で作品の軸になる「空白」という言葉が出てきたことで、視聴者に「この作品は徹生が“記憶の空白を満たす”ことで、自殺だと思われていた死の真相が明かされるストーリーなのだろう」と思わせた。しかし、ドラマにおける「空白」はそれだけにとどまらない。

 第2話では復生者として新たな仕事に就くため面接を受けた徹生が、履歴書の退職後の3年間の「空白」について聞かれ自分が復生者であることを明かしたことで面接官の態度が一変している。生き返るまでの数年間の空白を持つ復生者に対する世間の認識が描写され、復生者が異質な存在であることが改めて強調される1シーンとなっていた。

 第4話では、生前に徹生が使っていたビジネス手帳の「空白」も登場した。徹生は「3月22日は、空白でした」と、取引先との予定を1カ月先の4月22日に書いてしまうミスをしていたことを明かしている。手帳の3月22日が満たされて“空白になっていなければ”起こらなかったミスだが、その背景には、自分が疲弊しきっていることを徹生が自覚できていない状況があった。意図せぬ空白。徹生が急死したことは、会社にとっても彼のポジションの空白が生まれたことを意味するだろう。そして最終話で池端は、自殺にはさまざまな要因があるとし、「しんどくても自分を押し殺して周りに合わせなきゃならない社会。そこにも問題があるんです」と指摘していたが、なかなか社会全体の問題として考えられない日本の状況もまた、ある種の空白が存在していると言えるかもしれない。

 徹生がいなくなったことで生まれた土屋家の「空白」は、徹生が復生したことで埋まりつつあるかに見えたが、復生に期限があることがわかり、徹生は、千佳が母親との関係の中で抱えていた空白と、息子の璃久がいずれ抱えるであろう空白を満たすことに奔走した。千佳に託した「これで空白を満たしなさい」という言葉は、璃久の未来のためのものだったが、それを託された千佳にとっても、徹生の存在を感じていられるものでもあっただろう。木下と始めようとしていたサービスのように、徹生は遺された人たちの空白を埋めるべく動いたのだった。

 そしてそれは、「好きな自分を見つけること」「相手と一緒にいる時の自分を大事に」という池端の助言に導かれたものだ。徹生は、千佳や璃久と一緒にいる時の自分を大事にしたいと考え、自分がいなくなってからも、“その時の自分”を思い出してほしいと願ったのだろう。徹生は最後に、佐伯にも手紙を送っていた。「妻の心の奥にも、僕の中と同じように何か暗いものがあります。あなたも同じですよね。でも僕は、その暗いものを消そうとするんじゃなくて、見守っていこうと思うんです。僕の命の許すかぎり。きっとそのことを理解するために僕は復生したんです」と伝えた徹生は、佐伯の抱える空白すら埋まることを願っていたようにも思う。

 死を選んだ“直接の理由”にクローズアップするのではなく、その背景にあるものをじっくり描き、当事者、そして遺された人たちの心情を掬いとるようなドラマだった。この作品のように、死んでしまった人から直接的なメッセージが届けられることは、現実世界では稀だ。遺された人たちがその「空白」を満たすことができるようなシステムが現代社会には必要だというメッセージでもあったのだろうか。

 そして主演の柄本佑、妻役の鈴木杏、キーマンとなった阿部サダヲの三者がそれぞれ1対1で向き合う場面は、さながら舞台の二人芝居のようであり、その演技力こそが「死んだ人間が復生する」というストーリーに強い説得力を持たせたのは間違いない。千佳の毒親を演じた木野花も、わずかな表情の変化で娘への苛立ちを表すなど、短い場面ながら印象的だった。あるいは『空白を満たしなさい』は、日本のテレビドラマ界の“空白”をも少なからず満たしてくれたかもしれない。

■番組情報
土曜ドラマ『空白を満たしなさい
NHK総合 毎週土曜22時~ / 再放送:翌週火曜25:15~ / 配信:NHKプラス
出演:柄本佑、鈴木杏、萩原聖人、渡辺いっけい、うじきつよし、藤森慎吾、ブレーク・クロフォード、田村たがめ、斉藤拓弥/風吹ジュン、阿部サダヲ、井之脇海、本田博太郎、野間口徹、木野花、国広富之、滝藤賢一 ほか
原作:平野啓一郎『空白を満たしなさい』(講談社)
脚本:高田亮
音楽:清水靖晃
制作統括:勝田夏子(NHKエンタープライズ)、落合将(NHK)
演出:柴田岳志(NHKエンタープライズ)、黛りんたろう
公式サイト:https://www.nhk.jp/p/ts/P89L596WL7/

東海林かな(ドラマライター)

福岡生まれ、福岡育ちのライター。純文学小説から少年マンガまで、とにかく二次元の物語が好き。趣味は、休日にドラマを一気見して原作と実写化を比べること。感情移入がひどく、ドラマ鑑賞中は登場人物以上に怒ったり泣いたりする。

しょうじかな

最終更新:2022/08/01 20:00
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