映画『C.R.A.Z.Y.』同性愛嫌悪の問題を描く「一生に一本の映画」を作り上げた監督が遺した優しさとは
#映画 #ヒナタカ
物語、美術、そして音楽のこだわり
本作の物語はフィクションではあるが、ジャン=マルク・ヴァレ監督は、共同脚本家であるフランソワ・ブレの人生と、彼の父親、そして4人の兄弟とのエピソードにインスピレーションを受けたと語っている。しかも、 内面的な宗教的葛藤や、中流家庭の描写は、ヴァレ監督自身の経験が反映されているという。
それもあってか、劇中の家庭環境は「本物」や「実話」としか思えないほどのリアリティがある。しかも、ヴァレ監督は合成繊維やざらざらした漆喰壁の不快な肌触り、あるいはLPレコードの質感がもたらす感覚を通じて、当時のスタイルを再現しようと試みたそうだ。その美術も含めたこだわりのおかげで、北米の労働者階級や中流階級の暮らしを知らなくても、「きっとこうなんだろうなあ」と心から思える世界観が構築されているのだ。
そして、劇中ではピンク・フロイドの「虚空のスキャット」、ローリング・ストーンズの「悪魔を憐れむ歌」、デヴィッド・ボウイの「スペース・オディティ」などの有名楽曲が印象的に使われている。プロデューサーも兼任していたヴァレ監督は自分の給料を削減してでも、それらの音楽の権利を取得したという。物語、美術、そして音楽もあってこそ、本作はまるで1960年~70年代にタイムスリップしたような感覚が得られる映画になっているのだ。
広い意味での「信仰」を描いていた
本作は広い意味での「信仰」を描いた作品であるとも言える。主人公の一家はキリスト教徒であるし、父親は生まれてきた息子たちに「男らしくあれ」と教えることを正しいと信じているし、母親は過保護なまでに子どもに親身に接しようともする。そして、ヴァレ監督は主人公であるザックを「彼の理想は自分にとってのヒーローである父親を喜ばせること。そのためには、自分を否定することさえ厭わない」と語っている。
ザックは「 物心ついた頃からクリスマスが嫌い」や「ミサが長すぎて無神論者になった」など、むしろ安易に神を信奉したりはしないことをモノローグで語ったりもしている。だが、そんな彼であっても、有害な男らしさの価値観に染まりきり、はっきりと同性愛嫌悪もする父親からの言葉を「信じて」いたことに、この物語の最大の切なさがある。
そして、同性に惹かれる自分の内面を父親に常に否定され、自分自身でも否定し続けていたザックは、母の憧れの地であり、父がいつも歌っていた「地の果て」でもある、エルサレムへの旅へと向かう。彼がそこで何を目にして、何を得るのか……それは、ぜひ本編を観て確認してほしい。数十年に渡る「普通」の一家の確執には、感動の結末が用意されていたのだから。『C.R.A.Z.Y.』という奇妙にも思えるタイトルの意味も、きっとわかるだろう。
そしてヴァレ監督は、この映画が、自分の居場所がないと感じているゲイの人たちや、家族や友人から受け入れてもらえないという悩みを持つ人の助けになると、心から願っている。それに合わせて「敵対的な環境に身を置かされ、自分の性的指向を受け入れることができず、自殺するティーンエイジャーもいます。この映画が議論のきっかけになったり、少なくともこの問題について考えるきっかけになればうれしいですし、そのための一助になればと思います」とも、ヴァレ監督は語っていた。
劇中では辛く苦しいことも多く描かれるが、それがあってこその、現実にいる同様の悩みを持つ人たちへのエールを込めた作品なのだ。現代の日本でも全く他人事ではない、有害な男らしさや同性愛嫌悪の問題について、一考するきっかけも得られるだろう。
『C.R.A.Z.Y.』
7月29日(金)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷他にてロードショー
監督:ジャン=マルク・ヴァレ『ダラス・バイヤーズクラブ』 出演: ミシェル・コテ、マルク=アンドレ・グロンダン、ダニエル・プルール
2005/カナダ/フランス語、英語/カラー/129分 映倫:PG12 後援:カナダ大使館、ケベック州政府在日事務所
原題:C.R.A.Z.Y. 配給ファインフィルムズ
C) 2005 PRODUCTIONS ZAC INC.
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