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吉岡里帆が盲信的な女性を熱演する、凄惨な沖縄戦を描く力作『島守の塔』

吉岡里帆が盲信的な女性を熱演する、凄惨な沖縄戦を描く力作『島守の塔』の画像1
C)2022 映画「島守の塔」製作委員会

 7月22日より『島守の塔』が公開されている。本作は約20万人、実に県民の4人に1人が犠牲となったという、太平洋戦争末期の沖縄戦を描いた映画だ。

 本作で重要なのは、『二十四の瞳』(1952)や『この世界の片隅に』(2016)がそうだったように、戦争に参加する軍人ではなく、知事や警察部長や県職員、つまりは「戦争に巻き込まれ翻弄され続ける人たち」の姿を追ったことだろう。それをもって、本作には戦争そのものはもちろん、当時の全体主義的な雰囲気の恐ろしさを「追体験」する意義がある。さらなる具体的な作品の特徴を記していこう。

巡り合わせが奇跡とも言える2人の主人公

 本作の主人公は、戦中最後の沖縄県知事として沖縄に赴任してきた島田叡(あきら)と、職務を超え県民の命を守ろうと努力する警察部長の荒井退造という、実在する2人の人物だ。

 島田叡は、空襲が起き、これから戦場と化すことが確定的な沖縄に行くことを、「死ににいくようなもの」と妻に反対される。だが、島田は「俺が(沖縄へ)行かなんだら、誰かが行かなならんやないか。俺は死にとうないから、誰かに行って死ねとはよう言わん」と実際に主張したそうで、この言葉はそのまま劇中に登場する。それほどまでに責任感が強く、自分以外の誰かが犠牲になることを見過ごせない人物なのだ。

 荒井退造は、戦況の楽観視や疎開に消極的な意見に対し「まつげに火が付いてからでは遅い」と説き、県民の疎開に先頭に立って取り組んだ。島田叡が沖縄知事に着任した後は二人三脚で奔走し、1945年3月までに7万3千人を県外に疎開させる事に成功。その後に米軍が沖縄本島に上陸し県外への疎開が不可能になっても、戦闘が激しい島南部から北部へ15万人を避難させたのだという。

 そうしたエピソードを聞くだけで、なんと尊い人たちなのだろうと尊敬の念を抱かずにはいられない。そして、その2人が「相棒」となった巡り合わせこそが、凄惨な沖縄戦の最中にあった、決して小さくはない奇跡なのだと、映画における2人の奮闘を観て、より思い知らされるようになっていたのだ。

不器用を超えた危うさを表出させる吉岡里帆の熱演

吉岡里帆が盲信的な女性を熱演する、凄惨な沖縄戦を描く力作『島守の塔』の画像2
C)2022 映画「島守の塔」製作委員会

 その島田叡と荒井退造という2人の主人公と同等、あるいはそれ以上に重要な存在として描かれているのが、比嘉凜という県職員の女性だ。

 普段の彼女は妹をおもんばかる優しい人物にも見えるが、「お国のために戦う」という価値観を断固として持ち続け、半ば狂気的で盲信的とも言える鋭い眼光のまま佇む場面もある。それは、全体主義的な風潮がまかり通っていた当時ではなんら特別なことではなく、むしろ「普通」なのだろう。

 彼女を演じた吉岡里帆が、実に素晴らしかった。口コミで評判を呼び現在も劇場で公開中の映画『ハケンアニメ!』(2022)でもそうなのだが、生真面目な性格がすぎるあまり、そこに不器用さを超えて精神的な危うさを表出させる役柄を、その表情や一挙一動から完璧に体現してみせていたからだ。『ニセコイ』(2018)などで可憐な役を演じてきた池間夏海演じる妹との掛け合いも、大きな見どころだろう。

 そして、その吉岡里穂演じる生真面目すぎる県職員が、萩原聖人演じる島田叡の破天荒ぶり、あるいは変人ぶりに「振り回される」場面がある。当時は物資や嗜好品に対して「欲しがりません勝つまでは」な禁欲的な振る舞いが当然だと信じられていたが、沖縄にやってきたばかりの島田は、地元民と気兼ねなく交流し、なんなら酒を飲み交わして一緒に踊ったりもするのである。その様を観た県職員はもちろん難色を示すのだが、仏頂面の吉岡里帆がなんだかんだで雰囲気にのまれていく様は、ほぼほぼコメディ的でもあった。

 だが、島田のそうした振る舞いこそが、全体主義的な価値観に染まりきった県職員の心を少しだけでも揺るがしたし、交流した地元民の心の支えになっていたとも言える。島田の言動からは、つぶさに「たくましく尊い為政者の姿」そのものが体現されていたようにも見えるのだ。

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