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日刊サイゾー トップ > インタビュー  > “休業”を経験する芸人2人の語り

ぼる塾・酒寄希望 × かが屋・加賀翔 芸人を“休業”した2人の語り「人生を休む練習は、一生役立つから」

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(左)かが屋・加賀翔さん、(右)ぼる塾・酒寄希望さん(Photo by 日高恭悟)。この対談の直前、酒寄さんはものもらいになってしまい、 お写真でも左目が少し腫れています。酒寄さんが、ものもらいと、 今回の対談について綴ったコラムはこちら→『CanCam.jp』さん「思い、思われ、食べ、ぼる塾。」

 2019年2月から現在まで産休・育休に入っている、ぼる塾の酒寄希望。酒寄のnote連載では、“4人目のぼる塾”としての葛藤と、それでも変わらない4人の空気感をユニークな文章で伝えている。

 2020年8月に体調不良でドクターストップを受け、約8ヵ月の休養期間を過ごしたかが屋・加賀翔。復帰後は、相方・賀屋壮也とコンビで単独ライブ、YouTubeチャンネル『かが屋文庫 かが屋のオフィシャルコントch』のほか、自伝的小説『おおあんごう』(講談社)を執筆するなど精力的な活動を再開している。

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 それぞれの事情から、芸人として“休業”を経験した酒寄と加賀。そんな2人に、自分自身の“不在”をめぐる不安や、そこで向き合ってきたこと、休業を経験して気づいたことなどを、ゆっくりと振り返りながら語り合ってもらった。


酒寄希望(さかより・のぞみ)

ぼる塾・酒寄希望 × かが屋・加賀翔 芸人を休業した2人の語り「人生を休む練習は、一生役立つから」の画像31988年4月16日生まれ、東京都出身。田辺智加と漫才コンビ・猫塾として活動後、後輩コンビ・しんぼるのきりやはるか、あんりとお笑いカルテット・ぼる塾を結成。産休・育休中の自身とメンバーとの日常を書いたnoteが好評で、2021年12月には『酒寄さんのぼる塾日記』(ヨシモトブックス)を刊行。

 


加賀翔(かが・しょう)

ぼる塾・酒寄希望 × かが屋・加賀翔 芸人を休業した2人の語り「人生を休む練習は、一生役立つから」の画像41993年5月16日生まれ、岡山県出身。O型。2015年、アルバイト先の忘年会で出会った賀屋壮也とともにお笑いコンビ・かが屋を結成。わずか4年後に『キングオブコント2019』決勝に進出した。趣味は自由律俳句 ・短歌で、特技は写真撮影。2021年11月には初の自伝的小説『おおあんごう』(講談社)を上梓した。

「復帰できる日は来るんだろうか?」

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──お2人は吉本興業(ぼる塾)とマセキ芸能社(かが屋)で別の事務所ですが、これまでお会いしたことは?

酒寄希望(以下、酒寄):今日がはじめましてですよね? よろしくお願いします。

加賀翔(以下、加賀):よろしくお願いします! 他のぼる塾の方々(※)とは、ちょうど僕が休業する直前に『有吉の壁』(日本テレビ系)でお会いしました。「僕、これから休むのにご挨拶していただいて申し訳ないな」と内心で思ってたんですけど(笑)。

 酒寄さんは、僕より前の2019年から産休に入られてますよね。僕が酒寄さんの休業に気づいたのは、ぼる塾が3人で『M-1』の3回戦に出場していたのを見たことがきっかけでした。

(※)「ぼる塾」は、酒寄の休業をきっかけに、田辺智加と酒寄のコンビ「猫塾」と、きりやはるか、あんりの「しんぼる」が合体して結成したコンビ。

酒寄:私は、一方的にかが屋さんのネタが好きですごく見ていたので、加賀さんが休業されると聞いて勝手に「頑張りすぎちゃったのかな」って胸を痛めてて。

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加賀:そうだったんですね、ありがとうございます……! ただ、自分的にはあんまり切実な感じだったわけじゃなくて。『キングオブコント』の予選が始まる前に「最近眠れないけど、そうも言ってられないし、眠れるようになりたい」と思って、ニンニク注射くらいの気持ちで病院に行ったんです。そしたら、「脳波が動いてない」と診断されて、急に「休業してください」と言い渡されたので、最初はすごく戸惑いました。

 でも、お医者さんからは「この(脳波の)状態でこれだけ活動できてるなら、本来ならもっと活躍できるはずですよ」と言われてたので、もっと面白くなれるんだったら……とか思ったんです(笑)。なので、自分としては元気だと思ってたんですけど、たしかにすごく疲れてはいて、それで自律神経がおかしくなっていたみたいで。

──酒寄さんが産休、そして育休に入られたことは、芸人さんとしては現状まだまだ前例が少なくて、センセーショナルに取り上げられることも多かったですよね。

酒寄:無名芸人なのに、勝手に「休む宣言」したのが、けっこうめずらしかったんだと思います(笑)。女性の芸人は、売れる前に子どもが生まれたりすると、そのまま辞めてしまうパターンがほとんどなので。結婚や出産が、売れてない女性芸人が辞めるきっかけになりやすいとは思います。

加賀:産休を取るにあたって、どんな段取りがあったんですか?

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酒寄:まず、子どもが生まれるとわかったときに、私の都合で田辺さんを待たせるのは申し訳ないから、「コンビを解消したい」と言われても仕方ないと思っていたんです。田辺さんって、普段はなんでも「いいよ!」「酒寄さんに任せるよ!」って言ってくれるんですけど、私がそのことを伝えたときだけは「いや、私はコンビ続けたいから待ってる」と言ってくれて。

 田辺さんって元ギャルなんですけど、その血が騒いだのか、吉本の社員さんたちに私の産休・育休の根回しをガンガンやってくれて……。猫塾は、酒寄が産休に入って、田辺さんはピンでライブに出続けるっていう段取りが、気づいたら済んでいたという感じでした。田辺さんのフレンドリーさが、私の産休・育休取得にもバリバリ活躍してくれたんです。

加賀:すごいな。田辺さん、いつからギャルだったんですか?

酒寄:27歳でギャルに目覚めたんです(笑)。

加賀:最高(笑)!

酒寄:その頃、ちょうど「猫塾」と「しんぼる」のツーマンライブの予定があったので、はるちゃんとあんりちゃんにも子どもができたことを伝えたら、「一緒に育てます」って言ってくれて。そのときはまさか、本当に今みたいに一緒に育ててくれる状況になるとは思ってなかったんですけど。
 その後、私がつわりでツーマンライブに出るのが難しくなってしまったので、田辺さんとはるちゃん、あんりちゃんの3人でライブをやったのが、「ぼる塾」の始まりなんです。

加賀:すごい。そのライブでは、酒寄さんがネタを作ったんですか?

酒寄:そうですね。猫塾としんぼるのネタを合体させたような感じで、私も相談に乗りました。

加賀:とにかく、ぼる塾を最初に見たときの衝撃は、忘れられないです。芸人界隈では「猫塾としんぼるが合体してるけど、酒寄さんがいないぞ?」っていうちょっと不安なところから、「面白い! これ、売れるぞ」という空気になってました。酒寄さんが産休・育休でいないというのもまたストーリーがあるし、「帰ってきたらさらにパワーアップするだろう」という期待が高まって。

酒寄:ぼる塾を結成してすぐ、3人が『M-1』の第1回戦で上位3位以内に入って、YouTubeでネタ動画が公開されてから、一気に名前が広がっていきましたね。

加賀:酒寄さんがお休みになっている間に、ぼる塾がどんどん売れていったわけですよね。
酒寄さんはnoteで、芸人を休業することへの焦りとか不安を書かれていましたけど、僕としてはそこには共感しつつ、コンビやグループとしての動きは全然違ってたのが印象的でした。

 僕は休業中、ずっと「復帰できる日は来るんだろうか?」っていう焦りがあったんです。お医者さんに診てもらうたび、「まだ休んでください」って言われるから、あんまり治療がうまくいっていないのかな? って、どんどん落ち込んでいくんです。

 相方の賀屋は、僕の休業中も「絶対大丈夫だから」って、ひとりで活動してくれてて。最初のうちは、周りの芸人も「加賀がいないけど大丈夫か?」って優しくしてくれるからうれしかったみたいなんですけど、だんだんみんなが慣れてきて、普通の対応になってきたあたりで、めちゃくちゃスベるようになったらしくて。僕のお見舞いに来るときも、むしろこっちが「スベっても大丈夫だよ!」って慰めるくらい、賀屋が落ち込んでしまってて(笑)。このままじゃ、今度は逆に賀屋がヤバいぞ、と。

 僕はウケなくて落ち込んでいる賀屋を見たのが復帰する原動力になったけど、酒寄さんの場合は、自分がいないぼる塾がどんどん人気になっていったことで、ネガティブな思考になったこともあるってnoteに書かれていましたよね。そのあたり、メンタルをどう保っていたのかなって。

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