『千年女優』ついに解禁で大反響! 今敏&平沢進の共鳴が生み出した奇々怪々な魅惑
#文化横断系進化論 #宮谷行美
物語の根底にある“うごめき”が、音楽によって昇華される
生き生きとしたアニメーション描写と併せてこの作品に大きなうねりをもたらすのが、劇中に流れる音楽だ。今は映画を制作するにあたり音関係に比重を置くことを決め、音楽制作を敬愛するミュージシャン・平沢進に依頼した。
平沢進といえば、「テクノ御三家」の一角として歴史に名を刻んだバンド・P-MODELの中心人物であり、日本のテクノミュージックのムーブメントを牽引してきた。そして、オーディエンスの反応でライブのストーリーが変わる「インタラクティブ・ライブ」の主宰や、国内で初めてMP3によるデジタル音楽配信を行うなど、独創的な発想とデジタルを駆使した実験的なアプローチへの追及を重ね、類を見ない音楽体験を生み出してきた革命人である。今はかねてから平沢から強い影響を受けていると公言しており(※3)、前作『パーフェクト・ブルー』から未完の遺作である『夢みる機械』に至るまで、平沢の楽曲からインスピレーションを受けて生まれたアイデアが数多く散りばめられている。(※4)
劇伴といえば、すでにある映像に対して音楽が寄り添うものが多数だが、今は音楽をもとにイメージを構築し、アニメーションに仕立てていくスタイルを取る。平沢の音楽はアニメーションに彩りを与えるどころか、地盤となって物語にエネルギーを与え、熱情や歪さ、狂気といった根底にうごめくものたちを、肌身に感じるまでに昇華させていく。
切なさに打ちひしがれるシーンも感動的なシーンも、なぜか心の深くやお腹の奥の方がむずむずとしてくる。この“違和感”は次第に熱を孕み、まるで触れてはいけない人間の深淵に今触れようとしているような、得もいえぬ高揚感をちらつかせる。この奇々怪々な体験は、『千年女優』が“騙し絵”であることを暗に示すと共に、他には代えられない本作の魅惑となって、我々を虜にするのだ。
千代子のこれまでとこれからを余すことなく描いた「ロタティオン(LOTUS-2)」
そしてさらなる衝撃を与えるのが、本作のエンディングシーンである。平沢は『千年女優』が1時間半をかけて紡いだ千代子の“これまで”と、輪廻の恋路に旅立った“これから”を音楽で踏襲してみせた。
もともとは、平沢進のソロアルバム『Sim City』に収録されている「Lotus」という楽曲を使用する予定だった。しかし、予定通りに楽曲を使用することができず、その代わりとして平沢は「ロタティオン(LOTUS-2)」を提供したという(※6)。この楽曲を受けて、今は「千代子と制作者の目指すべき地がそこにあった」と発言している。(※5)
まず、両曲のタイトルにあるように、“睡蓮”が一つのキーワードとなっているのは言うまでもない。冒頭とラストを飾る、千代子がロケットに乗って無限の彼方へ飛び立つワンシーンは、睡蓮の花が咲くように射出口が開くのが印象的だ。睡蓮には「清純な心」「信仰」といった花言葉がある。そして朝になると花を咲かせ、日が暮れる頃に花を閉じる習性があることから、エジプトの最高神である太陽神の象徴とされ、“再生”を意味するものとしても捉えられているそうだ。それを頭の片隅に入れて歌詞を追ってみると、幾度も再生しては、いつかの夢と衰えぬ愛を追いかけるという、本編で描かれた千代子の一生が浮かび上がってくるような気がしないだろうか。
そして“輪廻”というキーワードも欠かせない。劇中では、千代子が走っては転ぶ描写や、人力車の車輪や老婆が持つ紡ぎ機の円環といった、輪廻を示唆する描写が繰り返しクローズアップされる。また、老婆が繰り返した「未来永劫、恋に身を焼く運命」という言葉も、重要な描写だったのだとのちに気付く。それぞれの出来事から、終わりにして始まりとする、ラストシーンに向けた一連の流れを「パラレルに行く船団に全てのキミの日を乗せて」という一文で再現した平沢の妙は、素晴らしいの一言に尽きる。
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