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稲田豊史の「さよならシネマ 〜この映画のココだけ言いたい〜」

映画『わたしは最悪。』“奔放”と“正直”を言い訳にする“最悪”な人間性が痛快

ユリヤが受ける2つの罰

映画『わたしは最悪。』奔放と正直を言い訳にする最悪な人間性が痛快の画像4
© 2021 OSLO PICTURES – MK PRODUCTIONS – FILM I VÄST –  SNOWGLOBE –  B-Reel – ARTE FRANCE CINEMA/2021

 ざっくり言うと、ユリヤの人生の望みは「最愛の相手とパートナーシップを結ぶこと」ではない。「ドラマチックな状況の当事者でいられること」だ。なにやら火星田マチ子臭がすごい。果たしてその望みは一時的に叶うことになる。

 ただ、ユリヤはマチ子と違い、 “最悪”の罰を作中できっちり受ける。ひとつは物語内で。もうひとつは物語外で。

 物語内での罰は、最後の最後に訪れる。ユリヤはある職業に就くが、それは物語の主役でも脇役でもない、傍観者のように描かれる。目の前で過ぎ去る他人の人生を見つめ続ける仕事。電車に乗る旅行者ではなく、駅のホームで次々と発着する列車を眺め、ああだこうだと論じるような。「行き先」を決めてえいやと特定の列車に乗り込む覚悟も自信もないユリヤには、うってつけかもしれない。

 物語外での罰は、観客自身がユリヤというキャラクターに抱く悪印象だ。ユリヤは作中一貫して、“奔放”と“正直”を言い訳にして“最悪”な人間性を小出しにするが、終盤ではそのリミッターを外す。

 彼女はとあることでアクセルを「憐れむ」ポジションを獲得し、その優位性を内心喜ぶ。しかしアクセルに胸中を言い当てられるやカチンと来て、薄っぺらい強がりを言う。もう本当に、目を背けたくなる人間性だ。その後彼女はあるシーンで「泣きながら微笑む」が、状況からしてその微笑みの意味を考えると……心底ぞっとする。醜悪、と言ってもいい。

理解しがたい宇宙人

映画『わたしは最悪。』奔放と正直を言い訳にする最悪な人間性が痛快の画像5
© 2021 OSLO PICTURES – MK PRODUCTIONS – FILM I VÄST –  SNOWGLOBE –  B-Reel – ARTE FRANCE CINEMA/2021

 火星田マチ子を地で行く奔放さと自己中心ぶり。しかも常識の通用しない宇宙人であるマチ子と違い、ユリヤは地球人だ。ことさら社会性のない変人であるという描写もない。むしろ、等身大アラサー女性の自然体を切り取っている、という視線が作品全体を支配している。

 ふたたび公式サイト。作品説明にはこうある。

「あの日、あの時、私もそうだった」と観る者を一瞬で過去の自分へと連れ去り、「あれで良かった」と肯定してくれる、圧倒的共感映画の誕生!

 もし本当にユリヤに共感する女性が相当数いて、彼女たちが「私もそうだった」とユリヤに気持ちを重ね合わせるのなら? そのことに、ある種の男たちが戦慄する図が目に浮かぶ。火星人のマチ子に似たユリヤ、ユリヤに共感する女性たち、その女性たちに振り回される現代の男たち。

 ただし、ひとつ留意すべきは、地球人にとって火星人は確かに「理解しがたい宇宙人」だが、火星人にとっての地球人も同様に「理解しがたい宇宙人」であるということだ。火星人と地球人のどちらが精神的苦痛を被っているのかを想像すると、ことはそう単純な話ではない。

 ところで、この原稿を書いている矢先、「日本の20代独身男性の4割、30代独身男性の3割以上が交際経験ゼロ、デート経験ゼロ(内閣府の調査)」というニュースが飛び込んできた。1990年代にマチ子が必死に学ぼうとしていた「地球人もすなる、デートといふもの」を2022年の日本で本当に学ぶ必要があるのは、むしろ地球人(の日本人男性)だったのか? それもまた、別の戦慄と言うほかない。

「わたしは最悪。」
◆監督:ヨアキム・トリアー 『テルマ』(17)、『母の残像』(15) 
◆脚本:ヨアキム・トリアー、エスキル・フォクト
◆出演:レナーテ・レインスヴェ、アンデルシュ・ダニエルセン・リー、ハーバート・ノードラム
© 2021 OSLO PICTURES – MK PRODUCTIONS – FILM I VÄST –  SNOWGLOBE –  B-Reel – ARTE FRANCE CINEMA/2021 /ノルウェー、フランス、スウェーデン、デンマーク/カラー/ビスタ/5.1chデジタル/128分/字幕翻訳:吉川美奈子/後援:ノルウェー大使館  R15+
公式HP https://gaga.ne.jp/worstperson

7月1日(金)より
Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町、
新宿シネマカリテ他全国順次ロードショー

稲田豊史(編集者・ライター)

編集者/ライター。キネマ旬報社を経てフリー。『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形』(光文社新書)が大ヒット。他の著書に『ポテトチップスと日本人 人生に寄り添う国民食の誕生』(朝日新書)、『オトメゴコロスタディーズ フィクションから学ぶ現代女子事情』(サイゾー)、『「こち亀」社会論 超一級の文化史料を読み解く』(イースト・プレス)、『ぼくたちの離婚』(角川新書)などがある。

いなだとよし

最終更新:2022/06/27 11:00
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