友人でもあった竹内幸輔さんとの思い出 あばれヌンチャクのとてつもない人気
#お笑い #新道竜巳
元あばれヌンチャクの竹内幸輔さんが亡くなった。45歳だった。6月8日に急に……。
7日にはご自身のTwitterで「人生でいちばんおなかいたい どうしよ この後気絶とかしたらこわいからとりあえずメモ」とツイートしていました。なお、元あばれヌンチャクの相方でもある桜塚やっくんも、2013年10月5日に事故により他界している。37歳の時だった。
元々私がお笑いを初めて間もないころ、プロダクション人力舎の養成所スクールJCA8期生として通っていた。その時に勉強として拝見させていただいていたのが、人力舎の事務所ライブ「バカ爆走」でした。毎月1日~6日の6日間、新宿Fu-というキャパ100人ほどの小劇場で、色々な出演者のネタを勉強させていただいたんです。人力舎の芸人でも、アンジャッシュ、アンタッチャブル、おぎやはぎ、アルファルファ(東京03の前身)、ドランクドラゴンなど今活躍する芸人が目白押し。また他事務所からのゲストも豊富で、ラーメンズ、テツandトモ、ホームチーム、坂道コロコロ、2丁拳銃、ダイノジ、はりけ~んずなど、本当に面白い人ばかり出ていました。
そのライブの中盤の企画で“ワイルドカードのコーナー”という、外部の芸人さんがオーディションを受け、出演に至った人同士でガチンコ対決をするものがありました。たしか、10週勝ち抜くと事務所に入れるという流れだったと思います。そこでもっとも目立っている若手芸人が、あばれヌンチャクでした。
突然ライブ―シーンに現れ、元々舞台経験者からの芸人デビューということもあり表現力の高さ、キャラクターのインパクト、毒舌、ネタの強さから、無双状態。ゲストよりも受けていた日もありました。その時ワイルドカードにおいて、負けたのは1組だけというほどの実力でした(トゥインクルコーポレーションに所属するラリアッツ、というコントのコンビ)。
当時、あばれヌンチャクが所属していた事務所・石井光三オフィスには、ライブシーンで目立っている芸人はあばれヌンチャクしかいなかったんですが、2人の活躍のおかげで事務所も凄く目立っていました。知名度があるライブの出演者をみると、あばれヌンチャクの名前を見る事も多くなってきたころ、オンエアバトルでも活躍するように。桜塚やっくんの可愛らしさと、竹内幸輔さんの毒の強さで、どんどんオンエアになり人気者になっていったのを覚えています。
オンバトの放送局がNHKだったというのもあって、放送ギリギリを意識したような表現も印象的でした。
例えば、画用紙をつかったネタでは、交通事故にあって真っ赤な液体が飛び散るものの、画用紙を1枚めくると「この赤いのはトマトジュースなのでギリギリオッケー」というふうに、放送コードそのものを笑いに変化させる手法には「凄い見せ方だな」と、感心したものです。
また、ルミネtheよしもとで行われた「吉本興業VS他事務所の対決バトル」でも、あばれヌンチャクはギリギリのきわどい言葉選びで会場中が爆笑にまきこみ、吉本芸人(誰だったか忘れました……)に圧勝している姿なども勇ましかったです。
のちに解散し、桜塚やっくんはエンタの神様で大ブレイク、竹内幸輔さんは声優の道を歩みます。「馬鹿よ貴方は」も出演させてもらっている「怪人社ライブ」が行われる新宿Fu-という劇場で裏方をしていたのが、竹内さんでした。打ち上げで話をさせていただき、私のやってるYouTube「新道竜巳のごみラジオ」をよく見ると言っていただいたことがきっかけで親しくなり、ライブで会うたびに色々お笑いの話をするようになりました。
YouTubeの生配信中に、竹内さんがコメントをしてくれたりもしたので、その後、出演していただいたこともあっったんです。
そういえば、コロナ前に行った怪人社ライブで、ピンで出演予定だった竹内幸輔さんがなぜか来ないことがありました。ライブも終わり打ち上げになった頃にとぼとぼやってきて「寝てしまいました」と皆に謝罪。「お金10万円もってるんで」と言って、コンビニで食べ物や飲み物を沢山買ってもらった、なんてこともありました。
ここ5年ぐらいでライブ等で多く顔を合わせる事があり、どんどん仲良くなっていっただけに、非常に残念です。ご冥福をお祈りします。
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