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あのアーティストの知られざる魅力を探る TOMCの<ALT View>#15

久保田利伸とネオソウル “R&B史の生き証人”のもっと評価されるべき功績とは

「R&Bの世界最先端」へ挑む久保田利伸

久保田利伸とネオソウル “R&B史の生き証人”のもっと評価されるべき功績とはの画像2
久保田利伸とザ・ルーツのクエストラヴ(久保田利伸 公式Instagramより)

 1990年にはラップ初の全米ナンバーワンヒット(ヴァニラ・アイス「Ice Ice Baby」)が生まれ、翌年にはMCハマーがラッパーとしてグラミー史上初めて年間最優秀レコードと年間最優秀アルバムにノミネート。1992年にはボーイズIIメン「End of the Road」が全米13週連続首位を記録するなど、90年代前半にヒップホップやR&Bは“流行歌”としての存在感を一気に高めていく。同時期にはメアリー・J.ブライジ『What’s the 411?』(‘92)をはじめ、ヒップホップとR&Bを融合させた“ヒップホップ・ソウル”も勃興し、のちのネオソウルの隆盛に至る道筋が徐々に整理されていった時期に当たる。

 そうした音楽シーンの激動の中で、彼は全編英語詞のアルバム『SUNSHINE, MOONLIGHT』(‘95)を完成させる。ヒップホップ・ソウルをはじめとする90’s R&Bに完全にアジャストした同年の『BUMPIN’ VOYAGE』(‘95)収録曲の再録を多数含む、良い意味で“海外向け”に肩肘を張った印象のない好作である。ニュージャックスウィング調の「Nice & EZ」があったりと幅広いスタイルの曲を揃えた中、ひときわ目を引くのは前述のキャロン・ウィーラーとの「Just the Two of Us」だ。グローヴァー・ワシントン・ジュニアとビル・ウィザースによるオリジナル版(‘80)のリリース以来、幾度となくカヴァーされてきたのみならず、ここ日本でもコード進行の引用・インスパイア楽曲を多数生んできた歴史的名曲のカヴァーだが、91年の『”KUBOJAH”』とはアレンジを変えて収録。ブッチャー・ブラザーズによるリミックスが施された12インチ盤も制作されるなど、ある種の“勝負曲”と位置付けられていたように思える。

 本稿冒頭でも触れた2作目の英語詞アルバム『Nothing But Your Love』(2000)では、時流を反映し、より装飾を削ぎ落とし、ネオソウル的なテイストを増したサウンドが聴ける。J・ディラにも通じる強烈な“ズレ・ヨレ”が楽しめる「Till She Comes」は、J・ディラらと「ソウルクエリアンズ」なる音楽集団を組んでいたことでも知られる世界一著名なヒップホップ・バンド、ザ・ルーツがプロデュース。浮遊感のあるリズムパターンとメロディを持つ「Pu Pu」は、ディアンジェロ『Voodoo』において今なお影響力のある楽曲のひとつ「Untitled(How Does It Feel)」を手がけていた人物であり、現在もトッププロデューサーのひとりとして活躍しているラファエル・サディークがプロデュースと共同作曲で参加している。2022年のいま聴いてもなお先鋭性を感じさせるトラックはもちろんのこと、“ズレ・ヨレ”を伴うビートを完璧に乗りこなす久保田の歌唱には感嘆せずにいられない。本作がリリースされた2000年は、前述のディアンジェロ『Voodoo』やエリカ・バドゥ『Mama’s Gun』をはじめ、ジル・スコット『Who Is Jill Scott?』、ミュージック・ソウルチャイルド『Aijuswanaseing』など、ネオソウル・ムーヴメントの重要作が多数リリースされた年に当たるが、そうした中においても『Nothing But Your Love』の楽曲の完成度には目を見張るものがある。

 2022年時点で全米リリース作品としては最後となる3作目の英語詞アルバム『Time to Share』(‘04)は、『Nothing But Your Love』の路線を一層、深化・洗練させた作品となっている。本作がソウル/R&Bファンにはおなじみのアメリカの著名音楽番組『Soul Train』プロデューサーのドン・コーネリアスに絶賛されたことで、久保田は同番組にイエロー・マジック・オーケストラ以来日本人で2組目、ヴォーカリストとしては初の出演を果たす【※5】。この際に披露されたのが「Breaking Through」と「Shadows of Your Love」の2曲である。前者はカーティス・メイフィールドの名曲「Trippin’ Out」(‘80)を大胆にサンプリングした、文字通り必殺のキラーチューン。後者は、ディアンジェロのキャリア初期を公私共に支えたことでも知られる、人気R&Bアーティストのアンジー・ストーンがプロデュースと共同作曲で参加したスロージャムであり、英語詞アルバムでも欠かさず収録してきたバラード楽曲のひとつの到達点のような名曲だ。そのアンジーをヴォーカリストとしてフィーチャーした「Hold Me Down」はシングルとしてもリリースされ、2005年にはなんと久保田とアンジー・ストーンとでツアーを回るまでの関係性に発展している。その後、英語詞アルバムのリリースは途絶えてしまったが、活動の充実度・アルバムの完成度の両面で、この時期の久保田のアーティスト活動は日本人として間違いなく快挙と言えるものであった。

【※5…久保田利伸プロフィールより https://www.funkyjam.com/artist/kubota/profile_detail/

日本語作品への還元と、トラックメイキングへの関与

 ここまでのように、久保田は、アメリカの地でソウル/R&Bが劇的な発展を遂げる激動の時代の最先端で活動を行ってきた。そこで得られた音楽性は、日本語詞でリリースされた諸作にも大きく反映されている。

 久保田のキャリア最大のヒットである「LA・LA・LA LOVE SONG」(‘96)のカップリング曲「​​WHAT’S THE WONDER?」は、ディアンジェロ「Brown Sugar」(‘95)を思わせるベル系パーカッションのループやオルガンの音色、ライム(韻)寄りの歌唱を聴かせる、この時期では特にネオソウル方面へのアプローチが光る楽曲。この曲のドラム・プログラミングとキーボードプレイが久保田自身によるものだというのも驚かされる。本曲も収録されたアルバム『LA・LA・LA LOVE THANG』(‘96)は浮遊感を醸すコード・プログレッションが効いた「裏窓」をはじめ、前年発表の初英語詞アルバム『SUNSHINE, MOONLIGHT』での音楽性を一歩推し進め、ネオソウル黎明期である同時代をより意識した楽曲が聴ける。「LA・LA・LA LOVE SONG」という大ヒット曲のイメージで手に取ったリスナーを新しい音楽体験に導くには、まさにうってつけのアルバムだったと言えよう。

 2作目の英語詞アルバム『Nothing But Your Love』からわずか3カ月後というハイペースでリリースされた『As One』(‘00)では、ヴォーカルのタメや拍の解釈にソウルクエリアンズ一派にも通ずるグルーヴ感が宿る「My Heart, Homeless Heart」が白眉だ。『Nothing But Your Love』収録の「Till She Comes」にも同様の特徴があることは先にも述べたが、よりグルーヴの重心が後ろに置かれた「My Heart, Homeless Heart」のリズム構築はまさにディアンジェロ『Voodoo』を思わせるものであり、同じ2000年にすでにこのビート感で日本語歌唱の録音を残していたのは驚嘆に値する。この路線は『United Flow』(’02)や『FOR REAL』(‘06)でもより自然にポップ・ミュージックに溶け込んだ形で聴くことができ、前者では同時代のコンシャス・ラッパー筆頭格であるモス・デフをフィーチャーした「無情」、後者では「U drive me crazy」などが代表的な曲と言えるだろう。

 ここで強調しておきたいのは、ここまでの時期の久保田の日本語詞作品の編曲は彼自身、もしくは盟友である柿崎洋一郎が手がけたものがほとんどを占めているということだ。この2名を軸にした体制は1990年以降、『Gold Skool』(‘11)まで20年以上続くことになるのだが、時代の変化・要請に合わせて絶えずトラックメイキング面でのアップデートを続けた側面にはもっと光が当たるべきだろう。1986年デビューの久保田は、ネオソウルを取り入れ始める1996年時点で既に10年ものキャリアを築いており、そうした中でも新しい音楽性に即座に挑戦するという“柔軟性”は特筆ものだ。何より、90年代以降のR&Bにおいてとりわけ重要な要素であるトラック/ビートの領域に歌い手である久保田自身が深く関与していた事実は、DTM~ベッドルーム・ミュージックが浸透した今の多くのソロ・ミュージシャンの在り方にも通ずるものであり、一層、久保田の先進性を感じずにはいられない。

J-POP史上における偉大さ

 久保田は「日本で初めて“コンテンポラリー”なR&B作品をリリースした」アーティストと称されることがある。もちろん歴史を辿れば、歌唱・サウンドの両面でハイレベルなソウル/R&B作品を残した先人は、弘田三枝子、山下達郎、吉田美奈子、鈴木雅之など数多くいる。だがその上で、80年代中期以降のJ-POPの胎動期に、リアルタイムで流行していたブラック・コンテンポラリー――いわゆる“ブラコン”的な洗練されたサウンドやビートを本格的な歌唱とともに聴かせたインパクトは想像に難くなく、彼を“新時代の象徴”のように捉えたリスナー・業界筋はきっと多かったと推測される。そして本稿で記してきたように、彼の“コンテンポラリー”であり続ける姿勢は、90年代以降もとどまるところを知らなかった。

 近年は、J-POPのメインストリームで英語圏さながらにエクレクティック(折衷的)なR&B作品をリリースする三浦大知が脚光を浴びるなど、批評家筋の比重がロックバンドや非R&Bのシンガーソングライターに過度に置かれていたような状況は変わりつつある。ディアンジェロをはじめとするソウルクエリアンズ周辺の音楽家や、そこからの影響を公言する日本のアーティストに触れるとき、ぜひ久保田のキャリアにも思いを馳せてほしい。その功績に見合った評価を、彼がJ-POP史上に勝ち得る日が来ることを切に願う。

 

♦︎本稿で紹介した楽曲を中心に、久保田利伸のネオソウル方面の楽曲をまとめたプレイリストをSpotifyに作成したので、ぜひご活用いただきたい。

B’z、DEEN、ZARD、Mr.Children、宇多田ヒカル、小室哲哉、中森明菜など……本連載の過去記事はコチラからどうぞ

TOMC(音楽プロデューサー/プレイリスター)

Twitter:@tstomc

Instagram:@tstomc

ビート&アンビエント・プロデューサー/プレイリスター。
カナダ〈Inner Ocean Records〉、日本の〈Local Visions〉等から作品をリリース。「アヴァランチーズ meets ブレインフィーダー」と評される先鋭的なサウンドデザインが持ち味で、近年はローファイ・ヒップホップやアンビエントに接近した制作活動を行なっている。
レアグルーヴやポップミュージックへの造詣に根ざしたプレイリスターとしての顔も持ち、『シティ・ソウル ディスクガイド 2』『ニューエイジ・ミュージック ディスクガイド』(DU BOOKS)やウェブメディアへの寄稿も行なっている。
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とむしー

最終更新:2023/04/28 16:52
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