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あのアーティストの知られざる魅力を探る TOMCの<ALT View>#15

久保田利伸とネオソウル “R&B史の生き証人”のもっと評価されるべき功績とは

 ビート&アンビエント・プロデューサー/プレイリスターのTOMCさんが音楽家ならではの観点から、アーティストの知られざる魅力を読み解き、名作を深堀りしていく本連載〈ALT View〉。今回は1986年のデビュー以降、日本にR&Bを根付かせた第一人者である久保田利伸の、2022年の今こそ語られ、評価されるべき重要な功績について語っていただきます。

訂正:初出時、出典の記載が抜けておりました。訂正してお詫びいたします(編集部)

久保田利伸とネオソウル “R&B史の生き証人”のもっと評価されるべき功績とはの画像1
久保田利伸(写真/Getty Imagesより)

星野源やceroが活躍する今、改めて久保田利伸を振り返る意義

 いきなりだが、J・ディラが久保田利伸を公式にリミックスした音源の存在をご存知だろうか。この音源は、久保田の2作目となる全編英語詞アルバム『Nothing But Your Love』(‘00)がリリースされた際、プロモーション用途で用意された表題曲の12インチシングルにカップリングとして収録されたものである(当時ジェイ・ディー名義/日本ではCDシングルとして一般発売)。去る2020年10月の久保田作品のサブスク解禁時に本音源は含まれず、iTunesなどでのダウンロード販売も行われていないため、今では非常にレアな音源となっている。


※こちらは原曲。J・ディラのリミックス音源は動画サイト等で非公式のものが確認可能なので、興味のある方はぜひ検索してみてほしい

 90年代後半以降、ア・トライブ・コールド・クエストのプロデュースなどを通じてキャリア全盛期を迎えつつあったJ・ディラは、今では「史上最高のビートメイカー」の一人として日本でもその名を知られる存在である。2006年に病のため早世した彼を公式に起用した日本人は久保田以外にはZOOCOなどごく少数に限られ、しかも、ディアンジェロ『Voodoo』、コモン『Like Water For Chocolate』、エリカ・バドゥ『Mamas Gun』といった歴史的名盤が生まれた2000年に発表されたリミックスであるということは、まさにネオソウルの隆盛の只中に久保田もいたことを表している。そしてこうした名盤との関わりにより、特にR&Bのファン層にもJ・ディラの認知度は急拡大することになったが、それ以前にすでに久保田は彼に注目していたのだ。J・ディラは実際のクレジット表記以上に多くのアイデアをディアンジェロたちにもたらしており、ネオソウルの最高到達点の一つとされる『Voodoo』も、J・ディラ特有の“ズレ・ヨレ”を持つ酩酊的なリズム感覚が存分に生かされた作品である。

 日本では10年代以降、星野源やceroをはじめ、ディアンジェロ『Voodoo』やJ・ディラ的なビート感覚を持ち合わせた作品のリリースが急速に増え始めた。と同時に、ここ日本でも特にJ・ディラの再評価の気運が高まっていたが、その背景には、アメリカ・ロサンゼルスで00年代後半以降に世界的に広がった「LAビート」のムーヴメントに端を発する“ズレ・ヨレ”要素を持ったビート構築の浸透や、ロバート・グラスパー『Black Radio』(‘12)以降、ヒップホップ/R&Bと他ジャンルのクロスオーバーが加速していった影響も少なからずあるように思える。この時期以降、日本のポップ・ミュージック批評においてもR&Bはようやく(それまで主に高く評価されてきた)白人的インディ・ロック/ポップと同等の正当な評価を得るようになっていったという印象だ。

 ただ、こうした“ネオソウル的な音楽性”の日本での受容史を語る上で、久保田の存在は往々にして忘れられているように思えてならない。例えば、彼は2004年の時点で『Voodoo』のビート感のみならず、サイケデリックなコーラスワークの妙すらも取り込んだ「Neva Satisfied」という名曲を発表しているが、本曲の存在を知る音楽ファン・批評家は決して多くないだろう。

 日本においてネオソウルをキーワードとして強く打ち出した例としては、椎名純平(椎名林檎の実兄)のアルバム『椎名純平』(‘01)を記憶している人も多いだろう。だが、久保田は90年代後半のネオソウル黎明期よりこの音楽性を取り入れ、かつ実際にネオソウル周辺の音楽家とも交流を深めるなど、このジャンルの最前線で積極的な音楽的冒険を続けていた。本稿はあまり知られていないその活躍を改めて紐解き、彼が「日本のネオソウル」の先駆者であった事実を証明するものである。

「世界」と久保田利伸の接点

 久保田が「世界」と接してきた事例は枚挙に暇がない。キャリアのごく最初期をとっても、大ヒットしたベストアルバム『THE BADDEST』(‘89)がミネアポリスのペイズリー・パーク・スタジオにて、プリンス・ファミリーであるエンジニアのスーザン・ロジャースによって全曲リミックスされたのは有名な話だろう。原曲と聴き比べると、中低域の太さ・強度の圧倒的な差に驚かされる。


※上がリミックス、下が原曲

 90年代に入ると、ファンク色を強めた『BONGA WANGA』(‘90)、レゲエに接近した『PARALLEL WORLD I “KUBOJAH”』(‘91)、「水」をテーマに洗練されたR&Bを追求した『Neptune』(‘92)など、より自身の音楽的興味に基づき作風を深化させていく。そうした中、久保田は『“KUBOJAH”』でソウルIIソウルのヴォーカリストとして著名なキャロン・ウィーラーと共演。その縁で、彼は1991年末にナイジェリアで開催された音楽フェスに唯一の日本人アーティストとして出演するのだが【※1】、これをきっかけに、あの大御所ファンク/R&Bグループ、クール&ザ・ギャングの新ヴォーカリストとして加入を打診されている(リップサービスでなく、実際に二度も久保田のスタジオへ勧誘に来たというから驚きだ)【※2】。

【※1…久保田利伸プロフィールより https://www.funkyjam.com/artist/kubota/profile_detail/

【※2…bmr「久保田利伸インタビュー」(取材・文/林 剛氏)より https://web.archive.org/web/20201022124314/http://bmr.jp/feature/168192/2

 さらにキャロンの紹介で、『Neptune』収録曲「Let’s Get A Groove ~Yo! Hips~」には、のちに“ネオソウルの先駆け”とも評価されるアーティストであるミシェル・ンデゲオチェロがベースで参加(当時ミシェルはまだデビュー前だった)【※3】。翌年にはヒットシングル「夢 with You」(‘93)のカップリングである「POLE POLE TAXI」にて、ジェームス・ブラウンやPファンクとの演奏歴で知られる大御所メイシオ・パーカーのサックスをフィーチャーしている。

【※3…bmr「久保田利伸インタビュー」(取材・文/林 剛氏)より https://web.archive.org/web/20201022124314/http://bmr.jp/feature/168192/2

 ここまでの時点で、すでにソウル/R&Bファンなら驚かずにいられない面々との交流がある久保田。その後の彼は1990年代中期以降、実に10年近くをニューヨークで本格的に過ごすことになり、ザ・ルーツのマネージャーであるリチャード・ニコルズと親交を深める【※4】など、アメリカのR&Bの最前線へと接近していくことになる。(1/2 P2はこちら

【※4…bmr「久保田利伸インタビュー」(取材・文/林 剛氏)より https://web.archive.org/web/20201022124314/http://bmr.jp/feature/168192/2

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