『満州アヘンスクワッド』の“発明”と、「歴史の禁忌」を描くうえでのポリシーとは
#満州アヘンスクワッド
ドラッグ描写よりも実在人物に気を遣う
──冒頭でも触れましたが、満州は日本人が描くうえで、どうしてもいろいろと気を遣う場所だと思います。
門馬 そうですね。実際、チェックもすごいあります。例えば、里見甫(三井物産のもとで関東軍と結託し、アヘン取引組織・里見機関を作った「阿片王」)をモチーフにした、里山柾というキャラクターに関しては「見た目はあまり似せないでくれ」と言われました。実在した人物は、その親族の方々がまだいらっしゃいますしね。なので、主人公も完全に架空のキャラクターです。
──里見は満州で新聞社の聯合と電通の通信網を統合した国策会社、「満州国通信社」の初代主幹兼主筆としても知られています。彼のように戦後日本の保守勢力となった、いわゆる「満州人脈」をモデルとしたキャラクターは、今後も登場していくのでしょうか?
門馬 出したいのは出したいんですけど、何せやっぱり時代が近いので、出せるかどうか怪しい人もちらほらいますね。岸信介あたりは厳しいかなあと……。そこは考えつつですね。ただ、モデルと明言しなかったとしても、そのようなキャラクターを登場させた場合は「この人はこんなことはしないだろうな」と思ってしまうことは描かないというポリシーはあります。名前を出してないからいいというわけではなく、イメージから逸脱したり、損なうようなことはしたくない。
──アヘンという禁断の薬物や、満州という歴史のタブーに踏み込む内容ゆえに、クレームや規制が入ることも多いのでしょうか?
白木 外部からはまだないですね。社内で「これはマズいんじゃないの」という声が出たときは、編集部の判断でストップがかかることもあります。当時は使われていたけど、今は差別用語になった言葉とか、門馬さんの言うように実在の人物についてが多いですね。やはり子孫の方がいると気を遣うので、そこは門馬さんとよく相談しています。
門馬 李香蘭(満州国で女優・歌手として活躍した人物。実際は山口淑子という名の日本人だが、長きにわたって中国人スターだと信じられていた)も、それで名前を変えましたから。
白木 6年前まで御存命でしたからね。
──ドラッグ描写よりも、史実や実在の人物についての描写のほうが、ずっと気を遣ってるんですね。
門馬 結局、ドラッグって大半の日本人にとってまだまだ他人事なんですよ。だから、作中で製造したり、販売していたとしても、そこには実はあまりクレームは来ない。ただ、歴史的な意味合いで見ると、解釈は人によって変わってくると思います。あの当時、国が主導でアヘンを売っていたことを「ひどい」「許されない」と捉えるか、「そういう時代だったのだから仕方ない」と捉えるか。満州の歴史を追っていくと、そこの流れも自然と追うことになると思います。でも、難しい問題をいろいろと扱っていることには間違いないので、打ち切られないようにはしたいですね。
白木 それはこちらも気をつけます。
──本誌(「月刊サイゾー」2020年12月号)が発売される頃には2巻も発売されますが、1巻もすでに2回重版されています。周りからの反響はどうですか?
白木 すごくいいですね。社内でも「いいじゃん」って声をかけてもらいますし、他社の編集者やマンガ家さんからも「今週の『満州』良かったよ」ってメールをいただくことも多いです。今まで担当してきた作品では、そういうことはなかったのでありがたいですね。もちろん、「ヤバい」とか「危ない」と、言われることもありますけど(笑)。
門馬 自分もお褒めいただくことが多くてうれしいです。こうやって取材してもらうこともありますし。ドラッグだけではなく、いろんな視点で話せるマンガなのが良かったのかなって思っています。
鹿子 自分も同業者から好評ですね。
白木 細かい部分で言えば「アヘンでラリった顔が発明だ」と、言われることが多いです。中には「あの顔が見たくてページをめくってしまう」と言ってくださる方も……。「次は誰がラリるんだろう?」って思うんでしょうね。『金田一少年の事件簿』(講談社)でいう、誰が死ぬんだろうみたいな楽しみ方だと思います。ちなみに、この表現を考えたのは門馬さんです。
門馬 話が早いじゃないですか。「めくってドン!」みたいに、一気に展開も進みますよね。毎回、鹿子さんの描写力は信頼しきっています。
鹿子 ただ、ひとつ悲しいことがあって。自分の母親は、今まで自分が描いたマンガを全部読んでくれてきたんですけど、「これは読んでない」って……(笑)。
門馬・白木 (笑)
鹿子 万人に受ける作品ではないということなんでしょうね。だからこそ、逆に言えば刺さる人には深く刺さる内容なのかなと思います。
(文/岡本 拓)
門馬司(もんま・つかさ)
マンガ原作者。これまで原作を手がけてきた作品には、芥瀬良せら作画の『ストーカー行為がバレて人生終了男』、大前貴史作画の『死神サイ殺ゲーム』、奏ヨシキ作画の『首を斬らねば分かるまい』(すべて講談社)がある。
鹿子(しかこ)
マンガ家。学生時代からマンガを描き始め、読み切りデビュー後に『キングダム』の原泰久のアシスタントを務める。16年には「ヤングジャンプ」にて、箱石達名義でラグビーを題材にした『フルドラム』(集英社)を連載した。
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