中森明菜 R&Bへの深い愛と「90年代以降」の知られざる名盤たち
#中森明菜 #TOMC
シングルB面ではすでに萌芽していたR&Bへの傾倒
80年代後半は、前回で触れたとおり、中森が独自の「ニューウェイヴ路線」を確立した時期に当たるが、シングルのB面曲(カップリング)ではまた異なるアプローチが目立った。前述のブギー調の楽曲群よりも若干テンポを落とした、より当時のR&B(日本で言うところの「ブラック・コンテンポラリー」、あるいは後年の「ニュージャックスウィング」に通じる楽曲)へと接近したアレンジが増えてゆく。代表的なものとしては、久保田利伸のペンによる「清教徒(アーミッシュ)」(87年の18thシングル『BLONDE』カップリング)、国際的に活躍するジャズ奏者・三宅純が編曲を手がけた「小悪魔(ル・プアゾン)」(88年の21stシングル『TATTOO』カップリング)、当初A面としてのリリースが計画されていたという人気曲「BILITIS」(88年の22ndシングル「I MISSED “THE SHOCK”」カップリング)などが挙げられる。
こうした80年代後半当時のR&Bを反映したような路線は、アルバム単位では全曲新曲の『Femme Fatale』(‘88年8月)として形になったことはあったが、シングルのA面(表題曲)としては結局実現しないままとなった。もしこうした楽曲が当時シングル表題曲として世に出ていた場合、90年代以降の中森が傾倒していったR&B~クラブ・ミュージック寄りの音楽性も、より多くのリスナーから自然に理解されるきっかけとなったかもしれない。彼女の後年のキャリアを再評価する上では、こうしたある種の助走に当たる楽曲群にも改めて光が当てられてほしいところだ。
90年代以降のR&Bへの邁進と、もっと知られるべき名盤たち
90年代以降の中森は、坂本龍一プロデュースのハウス作品「NOT CRAZY TO ME」(‘93年5月)や、ブラザー・コーン作のスムースなR&B「眠るより泣きたい夜に」(93年の15thアルバム『UNBALANCE+BALANCE』収録)、ファンカ・ラティーナ調の「原始、女は太陽だった」(‘95年6月)など、よりコンテンポラリーな音楽性へと歩みを進めていく。MCAビクター在籍時のこうした音源は現在サブスク環境では解禁されていないが、今日(こんにち)に至る中森の音楽性を形成した重要な楽曲であり、ぜひ何らかの方法で多くの方に楽しんでいただけたらと思う。
上記を経てリリースされた『SHAKER』(‘97年3月)は、R&B/ヒップホップ・ソウルを軸に、中盤以降はハウス、ラテンの要素も入り混じる、90年代の音楽的冒険の結晶のようなアルバムである。「夜の匂い」「おいしい水」でグルーヴィなトラックを手がけているのは、当時UAのプロデュースなどで飛ぶ鳥を落とす勢いだった朝本浩文。さらに、前述の『UNBALANCE+BALANCE』でも2曲を提供し、当時「社会現象」の真っ直中にいた小室哲哉が、シングルとしてもリリースされたラテンハウス調のアップナンバー「MOONLIGHT SHADOW~月に吠えろ」を提供。プロデューサー単位でも楽しめるポイントが満載の一枚だ。
R&Bという観点では、前回の冒頭でも触れた『Resonancia』(‘02年5月)を忘れてはいけない。キャリア屈指と言えるほどにラテン色を強めつつ、名曲「Eyes on you」をはじめ、この時期のJ-R&B特有のスタイリッシュさが全編で味わえる。平井堅やK-POP勢のプロデュースなど国内外で活躍するプロデューサー、URUの手腕が光る文句なしの名盤だ。
ここからさらに当時のR&Bの最先端にフォーカスした『DESTINATION』(‘06年6月)も、80年代の中森しか知らないリスナーが驚くこと必至の一作。SMAP「青いイナズマ」「KANSHAして」で知られる林田健司、「beatmania IIDX」シリーズやEXILEの楽曲を手がけた平田祥一郎を擁しつつ、非常に低域の効いた渋いミキシングのサウンドデザインは、同時期の安室奈美恵のファンにもお薦めしたい仕上がりだ。
オリジナルアルバムとしては次作に当たる『DIVA』(‘09年8月)は、東方神起や倖田來未らを手がけた海外作曲家チームをメインで起用。彼女のR&B路線の一種の到達点と呼ぶべき作品だ。「曲先」の制作工程では仮の英語詞があらかじめ存在しており、作詞陣はその詞のノリを損ねないようなクリエイティヴが求められた……というエピソードを、本作の過半数の作詞・コーラスを手がけた松藤量平が語っている。そうした点を含め、同時代の「洋楽」的なムードに満ち、大胆にも「歌姫diva)」という名を掲げた本作は、保母大三郎をはじめ音楽批評家からも高い評価を集めた。現在サブスク環境では聴くことができないが、ぜひCDを入手するなどしてチェックしてみてほしい。
ここまで、90年代以降の中森のキャリアを、主にR&Bの観点から駆け足で辿ってきたが、この時期には他にも「和」の雰囲気に満ちたコンセプチュアルなバラードアルバム『I hope so』(‘03年5月)、EDMに果敢に挑戦し、紅白でも収録曲を披露した『FIXER』(‘15年12月)といった力作が目白押しである。今回はテーマの都合上、詳細は割愛するが、今後こうした作品たちにも改めて日が当たることを願ってやまない。
本特集の前編では、中森明菜がいかにセルフプロデュースを推し進め、「アーティスト」として花開いていったかを、80年代の歩みとともに振り返っていった。そして、この後編では「R&B」をキーワードに、グルーヴやサウンドの観点から彼女のキャリアを振り返ることで、「芸能界」や「ヒット曲」の印象が生む先入観を極力取り除き、作品そのものの魅力にスポットを当てることを目指した。彼女に限らず、J-POPや歌謡曲と呼ばれる領域の音楽作品の多くが、その秘めた魅力を充分に理解されないまま消費されてきたケースは枚挙にいとまがない。本連載〈ALT View〉は、そうした埋没による過小評価から作品を救い出すべく、「新しい視点」からの楽しみ方をこれからも提案し続けたいと思う。
♦︎本稿で紹介した楽曲を中心に、中森明菜のグルーヴィな楽曲をまとめたプレイリストをSpotifyに作成したので、ぜひご活用いただきたい。
B’z、DEEN、ZARD、Mr.Children、宇多田ヒカル、小室哲哉など……本連載の過去記事はコチラからどうぞ
サイゾー人気記事ランキングすべて見る
イチオシ記事