『マイスモールランド』入管問題を『誰も知らない』のように描く理由
#映画 #ヒナタカ
役に反映された嵐莉菜本人の葛藤
5カ国のマルチルーツを持つ17歳の現役高校生にしてモデルの嵐莉菜は、映画初出演にして初主演ということが信じられないほど、堂々と繊細と大胆さを併せ持つ少女を演じ切っている。『MOTHER マザー』(2020)でデビューした奥平大兼も誠実で優しい少年にピッタリであるし、脇を固める藤井隆や池脇千鶴や平泉成などベテランも記憶に残るだろう。
川和田監督が嵐莉菜を主人公に抜擢したのは、「自分は何人だと思いますか?」というセンシティブな質問に対し、「自分のことを日本人だと言っていいのか分からないけれど、私は日本人って答えたい。でも、まわりの人はそう思ってくれない」という葛藤をはっきりと打ち明けたことが決め手だったという。
つまり、俳優本人のアイデンティティについての悩みが、演じている役柄にシンクロしている。さらに、劇中で主人公が小学生の時に観たワールドカップで 「自分が日本を応援していいのかな」と思ったというエピソードは、嵐莉菜の幼少期の話と、川和田監督自身の体験から生まれたものなのだそうだ。
子どもの演技が演技に見えないほど自然な理由
そうした「本人たちの持っているものからエピソードを追加し、作品がよりよくなるための選択をする」という川和田監督の柔軟な姿勢は、是枝裕和監督の監督助手として経験を積んで培われたものだったという。さらに「子どもの演技が演技に見えないほどに自然」ということも、是枝監督から受け継がれていた。
是枝監督は子どもを演出するときは脚本を渡さず、リハーサル時に口伝えで教えるという演出方法をとっており、川和田監督はそれを踏襲している。撮影中、中学2年生の妹と小学2年生の弟を演じた子役には最後まで脚本を渡しておらず、出入国在留管理局で難民申請を却下されるシーンでは、彼らはここで何が起こるか、撮影するまで分かっていなかったそうだ。
その時、弟役の子役は父親役の俳優が怒鳴る様を見て、本当に泣き出してしまったという。その反応に胸を締め付けられた監督は、一度彼に落ち着いてもらってケアをしてから、再び撮影に来てもらった。そのため、劇中で納められた彼の「泣かずに持ち堪えている表情」は、その経緯を経たリアルな感情でもあるのだ。
企画のはじまりと入念な取材
本作の企画のはじまりは、ISISが勢力の拡大を続けていた2015年頃。川和田監督は、自身と変わらない年代の若いクルド人の女性が大きな銃を持って、自分たちの暮らす土地を守るために最前線で戦っている写真を見て衝撃を受けたという。
さらに川和田監督は日本にも難民申請中のクルド人が2000人近く住んでいることを知り、日本で自分の居場所を求めて闘っている人のことをもっと知りたい、話を聞きたいと思って、実際に会いに行った。その取材期間は2年近くに及ぶものだったという。
本作で描かれている物語はフィクションだが、「現実と地続き」であると強く思えるだろう。それは、川和田監督の真摯な問題意識や入念な取材はもちろん、やはり演出の工夫や俳優の演技で感情を伝える劇映画としてのクオリティそのものが高いためだ。入管問題を考えるという意義はもちろん、繊細な若者たちの心情を綴るドラマにも期待して、劇場に足を運んでほしい。
『マイスモールランド』
5月6日(金)新宿ピカデリーほか全国公開
監督・脚本:川和田恵真
キャスト:嵐莉菜 奥平大兼 アラシ・カーフィザデー リリ・カーフィザデー リオン・カーフィザデー 韓英恵 吉田ウーロン太 板橋駿谷 田村健太郎 池田良 サヘル・ローズ 小倉一郎 藤井隆 池脇千鶴 / 平泉成
音楽:ROTH BART BARON 主題歌「NewMorning」
製作:河野聡 小林栄太朗 潮田一 是枝裕和 依田巽 松本智
制作プロダクション:AOI Pro.
配給:バンダイナムコアーツ
共同制作:NHK FILM-IN-EVOLUTION
助成:文化庁芸術文化振興費補助金
支援:一般社団法人全日本テレビ番組製作社連盟
In association with ARTE/COFINOVA 18, with the support of Paris Region
2022 年/日本/114 分/5.1ch/アメリカンビスタ/カラー/デジタル
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