映画『蜜蜂と遠雷』から投げかけられた大切なセリフ「あなたが世界を鳴らすのよ」
#宮下かな子
自宅の本棚が好きだ。今までの連載を読んでくださっている方はご存じだと思うが、昨年から本の断捨離を始め、最近やっと整理がついたのだ。お気に入りしか並んでいない本棚は、眺めているだけでも気分が上がる。「この本はあそこの古本屋さんで偶然出会ったなぁ」とか「大学生の頃、帰省する時に電車で読んだなぁ」とか「一夜で一気読みしちゃって、そのまま朝散歩に行ったなぁ」とか、読んだ時の思い出も含めて楽しめる。私にとって本は、アルバムのようなものなのだ。
映画も同じく、劇場へ足を運んだ作品は、思い返すと当時の自分が甦ってくる。観た時にどんな悩みを抱えていたかとか、誰と観たかとか、その後どうやって帰ったかとか。そういうことを含めて〝映画〟なんだと私は思う。
今回ご紹介するのは石井慶監督の『蜜蜂と遠雷』。2019年に劇場公開された作品だが、4月20日からNetflixで配信がスタートした。劇場で鑑賞した時の記憶が特に印象的な作品で、観終えた後、心臓がずっとばくばくしていて暫く席から立てず、余韻に引きずられながら外に出ると、びっくりするくらい綺麗で大きな満月だった。そのまま帰るには勿体なくてふらふら思い出の本屋さんへ向かったら、ゲッターズ飯田さんが握手会をしていた。当時、ゲッターズさんの占いの本を愛読していた私。直接占って頂いたわけでもなく、ただ握手しているゲッターズさんを横目で見ただけなのだが、私にとっては幻の人に会えたような気分だった。鑑賞後の高揚感のまま、不思議な帰り道だった思い出の映画なのだ。
物語は国際ピアノコンクールのお話。メインとなる登場人物は、かつて天才少女と称され、母の死により表舞台から姿を消した栄伝亜夜(松岡茉優)、名門音楽院に在学中の完璧を求める若きピアニスト、マサル・カルロス・レヴィ・アナトール(森崎ウィン)、家庭を持ち楽器店で働きながら最後のコンクールとして挑戦する高島明石(松坂桃李)、正規の音楽教育を受けたことがない正体不明の天才、風間塵(鈴鹿央士)。この4人の参加者が抱えるトラウマや生い立ちがとても丁寧に描かれ、そんな彼らが人生をかけて挑むコンクールが舞台。4人の想いが交差し、ピアノの音と共に想いが形を変え、覚醒する様には鳥肌が立つ。コンクールという緊張感のある場でありながら、それぞれがその大事なステージ上で、新しい光を自ら捕まえるのだ。
「あなたが世界を鳴らすのよ」
作品で印象的なこの言葉は、今でもふと思い出すことがある。幼い頃の亜夜と、ピアノ講師でもある亜夜の母が並んでピアノの前に座り、そっと周囲の音に耳を澄ます場面。時計の音、やかんの音、雨が落ちる音、小鳥の鳴き声。その音をピアノにのせていく。「世界が鳴ってる!」と嬉しそうに笑う亜夜に、母がそっとこの言葉をかけるのだ。
表現者にはきっと、この〝世界を鳴らす〟感覚があるのではないだろうか。私はどうだろう。〝世界が鳴っている〟その感覚には昔から敏感で、どうにかそれを体現できないかともがいているが、私自身が世界を鳴らせたことはまだない。
〝世界を鳴らしたい〟と常に思いながらこの仕事を続けているのだが、世界鳴らす方法は、お芝居以外にもあるのではないかと、と最近思い始めた。ほとんどiPadで描くようになっていた絵を、本格的にキャンバスに描いてみたり、なんとずっと興味があったダンスや陶芸をする機会に偶然巡り会えたりと、色々な表現に楽しんで取り組んでいる毎日を送っている。まだまだ始めたばかりだけど、自分が心躍るものに挑戦していけば、何か道が開けるような気がする。
本の言葉や、映画や絵など、私の大好きな〝世界を鳴らしてくれるもの〟を、これからも愛し尊敬しながら、いつか私も世界を鳴らしたい。その想いが私から消えることはないのだろうなと、この映画を観て、ばくばくと鳴り止まない心臓に手を当てながら確信した。音楽が好きな方、何かに打ち込んだことがある方、表現の仕事に携わる方には特に観て頂きたい。
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