河瀨直美『あん』樹木希林が静かに小豆を煮る…自然と調和する手仕事の心地よさ
#Netflix #宮下かな子 #宮下かな子と観るキネマのスタアたち
真心を込めてつくられたものには、人が触れた温度が宿る、と私は思っている。だから器だったり、食べ物だったり、絵だったり、作る人の顔が分かるものが好きだし、出来るならば自分の手で作れるものは作りたい。
昨年から味噌を手作りするようになったのだが、これが美味しくてあっという間になくなってしまい、今年は5キロ仕込むことにした。家にある大きな鍋3つぶんの豆。それを5時間煮て潰したら、麹や塩と混ぜ合わせる。鍋3つぶんとなると、昨年作った1キロとは比にならないほど重労働だった。このまま寝かせて夏に一度混ぜ直し、食べ頃は年末くらい。時間はかかるけれど、味噌汁が格段に美味しく感じるし、潰しきれなかった豆の粒がお碗に残っているのを見ると、とても愛おしい気持ちになるのだ。
味噌を作る前に自宅で“ひとり河瀬直美監督映画祭”を開催していたところ、美味しく作る秘訣を教えてくれる作品と偶然出会った。河瀬直美監督の『あん』、今回はこの作品を紹介しようと思う。
劇場公開されたのは2015年、今は配信でも観ることができるこの作品は、小さなどら焼き屋の物語。店を営む千太郎(永瀬正敏)のもとに、ある日アルバイトをしたいという老女、徳江(樹木希林)がやってくる。断りを入れた千太郎だったが、徳江が作った餡があまりに美味しくて、作り方を教わりながら共に働くようになる。
私にとっての〝映画の中で美味しそうな食べ物ナンバーワン〟は、是枝裕和監督『海よりもまだ深く』のとうもろこしのかき揚げなのだが、河瀬監督の撮るこの餡も負けていない。水に浸される小豆たち。ザルの上で転がる軽快な音。沸々と煮立っていく音と綺麗な赤紫色。天板にとろりと流し込まれる完成した艶やかな餡。「餡を炊いている時のわたしは、いつも、小豆の言葉に耳を澄ましていました。」という徳江の言葉があるが、まさにその言葉通り、聴こえる音は最低限の作業の音に絞られ、その静けさの中に、小豆の声が本当に聴こえてくるようなのだ。そして、その小豆と真摯に向き合おうと汗を流しながら作業する千太郎の姿と、小豆に寄り添うような柔らかな徳江の姿が本当に美しい。
私の両親は料理上手で、レシピを教えてもらうことがよくあるのだが、作り方の手順を教えた最後に2人はよく「あとは愛情」と口にする。それを聞いて、私は「なにそれー」なんて冗談に捉えて返事をしながらも2人の言葉を思い出して、調理の最後に「美味しくなりますように」と念を込めたりしていた。2人が言う〝愛情〟を、私はずっと〝料理を食べてくれる相手へ〟だと思っていた。だけどそれだけじゃなくて、〝食材への愛情〟という意味も含まれていたのかもしれない、と、樹木希林さん演じる徳江をみて思う。
「(小豆に)おもてなしよ 」「いきなり煮たら失礼でしょう」
そう言いながら、時に小豆にグッと顔を近づけてよく見たり、鍋蓋を愛おしそうに閉めたり、じっくり時間をかけて、まるで人と対話するのと同じように小豆と接しているのだ。その姿は本当にあたたかくて、愛が込められていて、小豆への敬意や感謝が感じられる。美味しい料理を作るコツは、質の良い食材でも素晴らしいレシピでもなくきっと、食材との対話ができているかどうか、なのだ。
徳江が耳を澄ませるのは、小豆だけではない。「この世にあるものは全て、言葉を持っているとわたしは信じています」と徳江は言う。木にもたれかかり、日差しのあたたかさや風に耳を澄ませるその姿が、私は木と樹木希林さんが混じり合っているように見えた。樹木希林さんそのものが自然の一部であるように思えるし「そりゃあなた、人間は自然の一部なのよ」と、彼女の声が聴こえてくるようだった。
あくせくした日々の中で、私たちは、本当に相手に耳を澄ませることができているだろうか。この世にあるもの全てに耳を澄ませて声を聴くこと。相手を想う愛情が人の心を動かすということを、樹木さんがそっと語りかけてくれる。きっと今年の味噌は、昨年よりも美味しい味噌になっているはずだ。
サイゾー人気記事ランキングすべて見る
イチオシ記事