『アネット』他、今に観る意義がある「有害な男性性」を描いた映画3選
#映画
第94回アカデミー賞で、ウィル・スミスがプレゼンターのクリス・ロックを平手打ちにした問題がこじれにこじれている。このこと自体は、今後のアカデミー賞のあり方、暴力はいかなる場合も許されないこと、人を不快にさせる容姿いじりが批判されるべきなど、多方面から議論の意義がある。
だが、この問題を大きく取り上げすぎるがあまり、『ドライブ・マイ・カー』の国際長編映画賞の受賞や、『コーダ あいのうた』の作品賞・助演男優賞・脚色賞の3部門ノミネートで全て受賞する快挙、『ウェスト・サイド・ストーリー』で助演女優賞に輝いたアリアナ・デボーズや『タミー・フェイの瞳』で主演女優賞を受賞したジェシカ・チャステインの感動的なスピーチ、何よりウィル・スミス自身が『ドリームプラン』で主演男優賞をようやく手にしたことなど、たくさんの喜ばしい話題がこの事件に覆い隠されてしまったことが悲しくも思える。
そして、奇しくも2022年4月1日より劇場で公開中の映画が、このアカデミー賞の事件をタイムリーに連想する、特に「有害な男性性」を描いた、今に観られるべき作品だと強く思ったため、ここに紹介したいのだ。もちろん、アカデミー賞の事件は有害な男性性だけの問題ではなく、直接的に繋げて語ることへの危険性もあるため、あくまで問題を考える参考の1つとして観ていただければ幸いである。
1:『アネット』 アダム・ドライバーが最低男に扮するミュージカル
『汚れた血』(86)や『ポーラX』(99)などで熱狂的な支持を得るレオス・カラックス監督の最新作にして、自身初の全編英語劇でのミュージカル映画だ。内容は夫婦の愛憎劇であり、子どもが生まれてからさらなる問題が描かれるというもので、難解と言われることも多いレオス・カラックス監督作の中では比較的わかりやすく、その入門にもおすすめできる。
特徴的なのは、主人公が挑発的なジョークを立て続けに言い、時に観客から「今のは笑えないよ」と苦言を呈されたりもするスタンダップ・コメディアンであること。その姿が、まさにアカデミー賞という大舞台で、つまらない上に個人を深く傷つけるジョークを言い放ったクリス・ロックの姿に重なるのだ。「際どいことを言う」ことがスタンダップ・コメディの面白さではあるものの、そこにある危うさを誰もが感じ取れるだろう。
その主人公を演じるのは『スター・ウォーズ』シリーズや『ハウス・オブ・グッチ』(21)などのアダム・ドライバー。今回の役柄はキャリアが落ち目になると、一流のソプラノ歌手の妻との格差に悩むかのようにふてくされ、私生活でも行きすぎた傲慢さを見せる、有り体に言ってクズ野郎である。それこそが「有害な男性性」への批評となっているわけだが、アダム・ドライバーの歌声そのものは見事であり、過激なスタンダップ・コメディアンとしての説得力も存分にあるので、良い意味で複雑な気持ちにさせてくれる。
全編で響くダークテイストのロックミュージックは映画館という空間で堪能する価値が存分にあるし、映画の冒頭のある演出から早くも「劇場で観てよかった」と思えるのではないか。子どもの「ある表現」には「えっ?」と驚き、また戸惑う方がほとんどだろうが、最後まで見届ければ非常に意義のあるものだと納得できるはずだ。
なお、原案・音楽を手掛けたのはアメリカの兄弟バンドのスパークスであり、4月8日より『ベイビー・ドライバー』(17)や『ラストナイト・イン・ソーホー』(21)のエドガー・ライト監督が初めて手掛けたドキュメンタリー映画『スパークス・ブラザーズ』も公開されている。こちらも合わせて観れば、さらに楽しめるだろう。
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