Awich『Queendom』が背負った歴史、COMA-CHIに次ぐ二度目の挑戦
#ヒップホップ #ラッパー #つやちゃん #Awich
Awichのメジャー初アルバムとなった『Queendom』は、冒頭その表題曲にて「荊棘を抜け/立つ武道館」と歌われる通り、ひとつの到達点として明確に3月14日の武道館公演が設定されていた。ヒップホップコミュニティに身を置く女性のラッパーがポップフィールドに攻めていき武道館公演を果たす――この国の歴史において初めての挑戦であり、私たちはいま、これまで体験したことがないゾーンへと突入している。(※1)公演では、序盤からNENE(ゆるふわギャング)との共演が果たされた。噴き出される豪快な発煙を眺めながら、私はこの熱狂に身をゆだねつつ、10年以上前のある出来事を思い返していた。
『Queendom』リリース後のAwichがそうであったように、2009年、COMA-CHIは渋谷を賑わせていた。スクランブル交差点には大型屋外広告が掲げられ、メジャーデビューアルバム『RED NAKED』のリリース日にはApple Store Shibuyaとタワーレコード渋谷店エントランスにて立て続けにライブが決行された。「ミチバタ」で「今夜見上げる駅前の大画面/ミチバタから発信世界まで/まいた種/芽を覗かせ/緑が手を広げるハーベスト/ターゲット絞り踏み込むマーケット/なんでもやればできること証明したい/少年少女時代/変わってないstreet dream」と歌われたリリックは、現実のものとなったのである。ヒップホップコミュニティでプロップスを積み上げ満を持してのメジャーデビューアルバムをリリースするという点においても、Awichの展開はかつてのCOMA-CHIを彷彿とさせる。ヒップホップヘッズたちがこの夢を見るのは、実は二度目なのだ。
『RED NAKED』は、明確に“女性の”メジャーデビューアルバムであることに力点が置かれていた。「name tag(C-O-M-A-C-H-I)」では自らが実力を備えたフィメールラッパーであることをしきりに説き、「girls!girls!」や「me&my kicks」ではウィメンズファッションやコスメアイテムの固有名詞を繰り出しラップする。少女の心の傷に対する治癒として「自傷症ガールdon’t cry」や「東京非行少女」を歌う。最終的に、「B-GIRLイズム」で女性が向かうべき旗を立てる。一切の客演を排し、女性のラッパーであること/女性のリスナーに届けること、というミッションを一身に背負ってマイクをさばく。プロモーションにおいてもっともプッシュされたリード曲「perfect angel」では、(当時まだめずらしかった)ラップと歌の二刀流で、J-POP然としたフックを歌い上げるパフォーマンスを見せた。
翻って、『Queendom』では、COMA-CHI『RED NAKED』と相反するアプローチがとられている。「44 Bars」で明かされる通り、一度制作したポップな作風をお蔵入りさせたというそのアルバムは、前作までにあった歌の要素がやや減退し、渋いラップが終始繰り広げられる。特に1stアルバムに見られたバラエティに富む音楽ジャンル、その拡散性は影を潜め、スコープが絞られたラップ作品となった。多岐に渡る客演を、Chaki Zuluのプロデュースがぐっとタイトに引き締める。こちらも固有名詞が多数散りばめられているが、それらは女性のアイテムではなく、多くをヒップホップ・スラングが占める。ポップフィールドへ広がった音楽性を、多数の女性に向け、ひとりのポップアイコンとして歌いラップしたCOMA-CHI。一方で、凝縮した音楽性を多様な仲間とひたすらラップしていくAwich――。
血を分けた唯一の娘であるYomi Jahへの愛が、
情緒的に緩急あるラップで吐露される「44Bars」
覚えているだろうか? 2009年のある日、COMA-CHIが怒りを込めたフリースタイル曲を突如公開したことを。「44Bars」の倍以上のヴァースを駆使した「99Bars」。ジェイ・Z「99problemes」を下敷きに録られたこの99小節のラップは、当時メジャーでの活動に対するヘッズからの止まらない批判に対するアンサーソングとして作られた。「最近よく耳にする話題/COMA-CHIがラップしてないとかヒップホップじゃない」という背景説明から始まり、彼女の音楽がそれまでとは異なる女性の層に向けて届けられることについて「音のマニアや熱い奴らや/B-BOY B-GIRL以外にもわからせたいから/たとえば普通の女子高生が/あたしのリングトーンを着メロにしたりするとこから/少しずつ浸透させてこの国を引っ張って占拠/それがあたしの企み」と解説される。
99小節を使い、COMA-CHIからヘッズへの説明責任が果たされていくさまは圧巻である。「裏で動くポニーキャニオンのおじさん/たちにも食わせなきゃいけないしさ/色々あるけどまあ全て戦略」というヴァースから伝わる、ヒップホップコミュニティとメジャーレーベルの価値観の断絶に苦しむ様子。終盤の「あと最近歌い出したとか言われてるけど/元々はシンガー/好きだから歌ってるだけ/それがあたしのスタイルだから黙っときな/でもCOMA-CHIのことが好きな/そこのヘッズのことも忘れてないから/ちょっと待ってな今に見せるから/日本中をヒップホップ色に染めるから/必要なのは団結one color」というくだりで訴えられる、「忘れてないから」という直接的な言い回しによるヘッズへの切実な想い。
そして、COMA-CHIがラップした「必要なのは団結」という訴求は、武道館ライブ「Queendom」にて見事に実現された。Awichは、あらゆるゲストを引き連れて舞台をまとめあげたのだ。YENTOWNという街を中心に、ルーツである沖縄の街(OZworld・ CHICO CARLITO)、KANDYTOWN(KEIJU)、その他にも全国各地からゲストが集結し、多くの街による共演=さながら大型ヒップホップ・フェスのような様相を呈した。Awichは、キャリア最大の勝負どころであるメジャーデビューアルバムで、娘やクルーの仲間との関係性を基盤にラップアルバムに徹することによって、そのヴァイブスをヒップホップコミュニティ全体へと拡張させていったのである。それはもちろんAwich(と彼女に助言を与えたYZERR)の求心力とプロップスによるものだが、同時に、それだけヒップホップシーンの規模が巨大化している証拠でもある。かつてCOMA-CHIが「perfect angel」でJ-POP然としたフックを歌い上げ、一方でヘッズに対し「99Bars」で“弁明”していた形式をとらずとも、Awichはコミュニティの仲間と繋がりラップすることで多くのリスナーを掴むことができる。いま、国内のシーンにはそれだけのファン層が築かれている。(※2)
ゆえに、“Queendom”が統治するあらゆる街の集結=ひとつの国には、COMA-CHIはじめ過去のラッパー、日本のヒップホップコミュニティが積み上げてきた歴史までもが収められているだろう。Awichは、武道館公演をやりきった。「44Bars」で彼女は最後にこうラップしている。
「だってどんな苦難だってきっと神話の一部だと/疑わず目の前の今を必死で生きること/大丈夫、選ばれし者への試練/やる、今、出来ることの最善 let’s go」
注
(※1):昨年武道館公演を成功させたラッパー/シンガーとしてちゃんみなも存在する。その出自をラップシーンに置く彼女も間違いなく重要な人物であるが、YENTOWNやDa Me Recordsといった母体が背景にあるAwich、COMA-CHIとはやや異なる立ち位置のラッパーであるため本稿では言及していない。もちろん、それは作品やパフォーマンスの良し悪しとはまったく関係はない。
(※2):さらに詳細に補足すると、ストリーミングサービスによるヒップホップリスナーの拡大、それに応じたレコード会社が担う役割の変化といった環境面の変化があったことも関係しているだろう。加えて2009年当時はSNS過渡期で、よりネガティブな面がピックアップされやすかった。以上のような背景ゆえに一概に比較はできないが、それらも含めて、ヒップホップシーンは大きな変化を経たうえで現在の隆盛につながっていると言える。
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